『最高の離婚』の再放送で

『最高の離婚』といえば、坂元裕二の脚本で、瑛太の嫌味なほど細かい、こだわり夫ぶりが面白かったが、坂元裕二といえば、あの『東京ラブストーリー』から始まって、『Mother』『それでも、生きてゆく』とヒット作を立て続けに出して、毎回、役者泣かせの長セリフがあり、今いちばんセリフを書かせたら上手いと思える脚本家だ。

今日見たのは第三話。真木よう子演じる上原灯里の長セリフが見どころ。
灯里が大学時代同棲していた瑛太演じる濱崎光生と別れたワケをついに告白するシーン。
お父さん子だった灯里が漁師だった父をサメに襲われて亡くして、悲しみの渦中に出会った曲で、何千回となく聞いてきて、そのうち、自分もひそかに歌手を目指すようになった大切な曲を、当時同棲してた光生が聞くなり「何?このくだらない歌。安っぽい花柄の便座カバーみたいな音楽だ」と一笑して、さらに間の悪いことに、彼はその時、『ジョーズ』の映画を見ていて「サメに食われて死ぬのだけは嫌だよね」と笑ってしまったという。灯里は翌日、何も言わずに家を出た。そういう経緯があっての最後のセリフ。

「違うの。別に誰かが悪いとかじゃないの。
誰かにとって生きる力みたいになってるものが、誰かにとっては便座カバーみたいなものかもしれない」

「みんな他人だから…」(と、光生の元妻である尾野真千子演じる濱崎結夏がつぶやく)
「はい。別の場所で生まれて、別の道を歩いて育った他人だから」と灯里はこたえる。

灯里と光生のようなズレって、実はどうしようもなくある。
私にもこれに近いことを最近、経験した。
ある人との場合は私が灯里になったり、また別のある人との場合は、私がはからずも光生になったりしていると思う。
もうそれは運というか、そういう星回り、縁だったというか…。
だからこそ、見えてくる。どこか一点でも(ぜんぶじゃなくていい)「そうそう!そう思うよねえ」と手を取り合って感激しあえる何かがある相手が人生においてどれほど貴重か、ということが。
あるいは、自分の感性を信じてつきあってくれて、「なるほどね」とわかってくれる人っていうのは、どれほど有難いか、うれしいかということ。
別の場所で生まれて、別の道を歩いて育った他人同士だからこそ、そういう人と巡り会えたら、やっぱり簡単に手放しちゃいけないんだろう。
今日はそんなことを考えてた。
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by zuzumiya | 2014-01-23 22:16 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)
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