祖母と私の美空ひばり

老人ホームの老人たちはテレビやDVDを見るのがひとつの楽しみ。
よく懐メロの番組が流れていたりするが、先日は美空ひばりのステージのDVDがかかっていて、懐かしい歌に思わず、胸がきゅうんとしてしまった。
私にとって美空ひばりはちょっと特別な存在だ。
母が若い頃、彼女に憧れて歌手を目指し、歌い方を真似したりして、クラブやバーで歌っていたという。母は芸能界からスカウトもされていたらしいが、両親(私を育ててくれた祖父母)に歌手になるのを猛反対されて泣く泣く断念した。今はしがないスナックのママさんだが、カラオケはものすごく上手。身内びいきじゃないが、美空ひばりの歌はどれを歌わせても裏声といい低音部といい、ほんとうに見事だ。私の結納の時のパーティーでも、それから結婚式の時も美空ひばりの「川の流れのように」や「愛燦燦」を歌ってくれた。
堅物の祖母は母が歌手になるのを反対したくせに、母の十八番の美空ひばりの歌は大好きで、よく口ずさんでいた。お気に入りは「柔」や「港町十三番地」「花笠道中」だった。私も幼い頃からテレビで美空ひばりが出るたびに、離れて住んでいてなかなか会いにもきてくれない母の面影を重ねて見ていた。
「おばあちゃんが歌手になるのを反対しなかったら、今頃ママがテレビに出てたかもしれないんだよ」と不満げに話したこともあったから、あの頃きっと、祖母もどこか美空ひばりに娘の歌う姿を重ねて見ていたんじゃないかと思う。
とにかく私と祖母にとって、美空ひばりといえば、母だった。
祖母と母とは昔から折り合いが悪く、互いに素直になれない者同士だったが、そんなふうに美空ひばりを見る時だけは祖母と私の心の中には同時に母がいて、純粋に母に占められて、それそれが懐かしく愛しい気持ちで見つめていたんだなってことが、今思えばせつないくらいにうれしい。母はそんなこと、ずっと知らないままに今も生きてるんだろうが。
だから、仕事で疲れているときに、ふと耳にした「愛燦燦」はまるで母が「頑張れよ」と私を励ましてくれているような気がして、そこから繋がって祖母の在りし日のことも思い出して、ちょっと守られてる気がして、心強くて胸に染みたのだった。
一日のうちで、仕事が大変だったり、それで疲れてしまってため息をついたり、凹んでしまったりすることはあるけれど、いつだって、不思議なことに何処からかそっと救いの手が伸びてくる。
そんな時、ほんとうに心から「ありがとう」と思う。
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by zuzumiya | 2013-11-09 00:01 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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