暮らしのまなざし

過ぎていく時間の扱い方

時間というものにどういう気持ちで向き合えばいいのか、よくわからない。
たとえば、メール。夫と離れてからも、いつものように何の気なしに今日あった出来事のようなささいな内容のメールを互いに送り合ってきたが、ふと「メールをやめたら、どうなるんだろう」と思った。
時間を、何もしないでただ過ぎるに任せたら、二人はいったいどうなるんだろう、と。
やはり、時間はただ過ぎて、そしていつしかそういうものとして慣れていくんだろうな、仕方がないと思うままに。
時間を埋めるのも、埋めずに放っておくのも、お互いの自分次第。なのに、どこかで時間の大いなる流れに任せてしまえ、とも思っている。自分のことなのに、ただ呆然と何かを見ている感じ。不思議な気持ちだ。
今はお互いにとにかく日々を忙しくして、「生活を落ち着かせなくては」ということだけを考えて生きている。「食器棚がほしい、ソファーがほしい、そんな事を考えて夢見てるうちがいいのかもしれない。ほんとうの孤独はすべてが揃って落ち着いてからだ」と夫は書いてきた。「忙しくて感傷的になれないのも何故か惜しい」とも…。
私は毎夜、こうやって自分で自分の心理を分析する。48年も生きた大人ならば、孤独の扱い方にも慣れている。しかし、慣れているということが、果たしていいことなのかわからない。慣れているばかりに、何も生み出さずに素通りして終わることもある。

時間を考えていたときに、ふと、生きているということと死んでいるということにあまり違いはないのでは、と思った。
例えば、夜、9階のベランダから遠く街の灯りが澄んで見えると、何となく「ああ、この空の下、何処かで大切なあの人も生きているんだな」って気分になる。ほんとうは離れているんだけれど、でも、距離など問題じゃなくて、“想えば、いつもそばにいる”みたいなあたたかさと信頼で満たされる。それだけで、結構安らかにしていられるもんだと、今日はそんなふうに感じた。だから、その大切な誰かが生きていても死んでしまっていても、私は意外と大丈夫かもしれない、って思った。むしろ、死んでしまうことより、忘れてしまうこと、関心をなくしてしまうこと、そっちの方が怖いことじゃないかと思う。

家で映画ばかり見ている。
映画好きな私のために夫が私の誕生日にhuluの永久視聴券をプレゼントしてくれた。彼がこれからもずっと毎月のhuluの支払いをしてくれるのだという。ありがたい。
『重力ピエロ』で泣いてしまった。父親役の小日向さんの穏やかさがたまらなくいいです。
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by zuzumiya | 2013-11-03 23:19 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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