暮らしのまなざし

夫婦の週末

夫の引越しを手伝って、新居に二泊してきた。
新居は内装がすべて済んでいて、白壁、フローリング、畳はもちろん風呂、洗面台まですべて新しい。収納もひとりでは十分すぎるほどあって、おまけに南向きの掃き出し窓が二面続いて付いていて、日当たりは最高。さらに夫は日用品だけでなく、すべての家電を新たに購入したから、まさにピカピカな第二の独身生活をスタートさせた。
大型家電ショップでは、値引きの交渉までして、私はまるで単身赴任の夫の身支度を手伝う世話焼き女房のように見えただろう。
段取りのアイデアを出し、買うべきリストを作り、店をさがし、一緒に足を運び、あれこれ相談しては選び、値引きの交渉をして、荷物を運び、帰宅してひと休みして「手があるうちに済ませてしまいましょう」とまた別の買い出しに誘う。部屋では、ダンボールを潰してはまとめ、掃除をし、ゴミの分別をし、翌日は仕事の夫に代わって、家電設置の立会いもした。洗濯機が届いてからは、洗濯をして干して出てきた。
離婚を前提の別居だというのに、この甲斐甲斐しさ、まるで優秀な制作会社のADのような機転とキビキビした働きぶりのこのパワーは何なんだろうと、自分でもふと思ったりした。夫もそんな私にやたらに恐縮して、ご飯をご馳走してくれたり、タクシー代を出してくれたりした。
たぶん、夫もこれから別れるという夫婦なのにこんなにも意気投合して協力しあって、引越しにまつわるすべての問題を乗り越えていくなんて、どこかおかしいと分かってはいるのだろうけど、私の好意の力任せに最後だから乗ってくれたのかもれないし、これが妻としての私の最後の仕事だと水をささずに張り切らせてくれたのかもしれない。
こうして、今、自宅に戻って一人になって考えてみても、あの時のあのパワーの源が何だったのか、何と名づけていい感情なのかよくわからない。単純に、ほんとうに突き上げるように「一人じゃ大変だろうから、私がいるうちに少しでも進めたい」という一心だった。離婚を切り出したのが自分だったから、という後ろめたさ、申し訳なさみたいなものは一切感じなかった。そう、言ってみれば「思いやり」だったと思う。
でも、それだからこそ、家族愛なのではないかという気もしている。自分は別れていく夫をいまだ家族と思っているのか。あれこれと世話を焼きたがるあの気持ちは、家族を想う愛情の残滓なのか。
「そういう愛だけじゃ、物足りなかったんじゃないのか?」ともう一人の私が嗤っている。
私の中で“別れる”ということがどういうことなのか、まだきちんと定まっていない気がする。
きっともっと時間が必要なのだ。薄まるにしても濃くなるにしても。
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by zuzumiya | 2013-10-28 08:01 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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