暮らしのまなざし

虹を見たかい?

今日、久しぶりに虹を見た。
私のなかで虹は吉兆なので、虹を見つけるやいなや必ず大声で家族を呼ぶ。
自室でゲームをしていた息子は「なんだ、なんだ、ガキみたいに」と苦笑いして出てきた。夫も昼寝を起こされて、のそのそとTシャツのお腹を掻いて和室から出てきた。
家族三人で空を見上げる。午前中、梅雨が明けたからとガラスを磨いていてよかった。
サッシのほぼ上半分を灰色の空から住宅街の屋根の中へと大きく弧を描いてうっすらと虹がかかっていた。夕立の雨はまだ横殴りに降っていて、時折、光に照らされて銀色の針のようだった。
「ほら、あそこの家、虹の足もとにある!」
吉野弘の詩『虹の足』が好きな私はいつでも虹の足もとに目が行く。それでもって
「いいなあ、あの家。じぶん家が虹の足もとにあるの、気づいてないんだよね」
と詩人と同じことをつぶやく。自分の家がすっぽり虹に覆われていて、しかもそこから空へ向かって大きな虹ができているなんて、ほんとに素敵、考えただけでわくわくする。
と見る間に、虹は薄れていき、何度も目を凝らした。
「ねえ、もう薄くなってきてるよね」
「うん」
「だいぶ、薄くなった。儚いねえ」
結局、虹は一分ももっただろうか。いつの間にか雨もあがっていた。この儚さ、だからこそ私は子供のようにこんなにも騒ぐのだと胸が熱くなった。
なぜ、虹を吉兆と思うようになったかといえば、私が投稿するための原稿を書き上げた時、外に出ると太くて短い虹が空にかかっていて、それを見た瞬間、直感で「これはイケるぞ!」と思ったら、ほんとうに出版社から声がかかったからだ。
でも今日、久しぶりに虹を見て「ああ、たしかに虹は吉兆なんだ」としっかりと思えた。
横殴りの雨が降っているにもかかわらず、今日のようにその只中にもきれいな虹が出ていたりすると、トラブルや嫌なことの中にあっても、見方を変えれば美しいもの、尊いものの存在が見えてくるんだなとか、物事には決して悪い面ばかりじゃないんだなとか、もしかしたら神様はときどき虹を作って、そういうふうに人々に希望というものを示してくれているのかな、とか思えたのだ。
それに虹というのは太陽を背にすると見えるという。まるで太陽がか弱き人間の背中を押して、「ほら、顔を上げて見てごらん」と教えてくれているようで、そういうところもなんだかうれしくなる。
虹は吉兆。雨上がりの世界はすべてがキラキラしてきれいだった。
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by zuzumiya | 2013-07-07 21:00 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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