『ペコロスの母に会いに行く』~物語を持って生きること~

a0158124_1231463.jpgその存在を知ってはいたけれど、仕事にすべてを支配されそうで、もう介護まわりの本は読むのをやめようと思っていた。でも、漫画だし、なぜだかずっと気にはなっていて、ついに先日、給料が入った太っ腹で買ってしまった。
岡野雄一の『ペコロスの母に会いに行く』。
これが、実にい~い本だった。思い切って買って正解だった。
やっぱりいい本は「ほら、こっち来い」「読んでみろ~」と魂を誘う引力を持っている。


坂の街、長崎が舞台の(方言も場所もこれがまたすごくいい味を出している)、老人ホームにいる認知症の母と見舞う息子の、家族の生きてきた時間をめぐる時間旅行のような温かくてせつないお話。読む前は子育て漫画によくあるドタバタ、シミジミの泣き笑いの幸せの介護版だろうと高をくくっていたけれど、違った。もっと深かった。
認知症とか介護とかの文字で「今の自分は関係ねえや」とこの本を手に取らないのは大損だと思う。
たしかに、母が認知症になってからこそ気づいた人生の時間、過ぎ去った家族の時間の豊かさを描いてはいるけれど、認知症じゃなくても老人じゃなくても、すべての人に生きてきた時間と歴史があって、それを今この瞬間も何気なく作っていて、そういうものにずっと支えられてこれからも生きていくこと、その中にこそ自分はいるんだってことをあらためてこの本は教えてくれる。
遠い将来、またひょっこり出会うために、思い出を今まさに作っていることの自覚、というのかな。そういう、時間を未来から遡りして懐かしむ感性だったり、失っていくけどほんとうは何も失わないんだという幸せな矛盾を私は好ましく思うし、今このぞんざいにしがちな普通の日常がほんとに尊いものだと思えるからいい。
認知症って、人にも程度にもよるのだろうけど、“憶えていたいことは憶えている”ものなのかもしれない、と希望を持った。以前、このブログで、亡くなった旦那さんが食事のたびに幻になって現れて(みつえさんのよう!)、昔のようにいろいろと世話を焼くおばあさんのことを書いたが、何ていうこともない繰り返された日常の風景なんだけど、そこに居る自分が“憶えていたい自分”だったのだと、この本を読んであらためて思わされ、さらに感慨深くなった。
それと、岡野さんの(というか、母のみつえさんの感覚なんだろうけど)空の上から過去の街を、そこで懸命に生きている過去の自分や家族の日々を見下ろすあの慈悲深い俯瞰のまなざしの感覚が、「ああ、そうだろうなあ」と思わず笑みがもれるほど、微笑ましくて温かくて私は好きだ。本に出てくるあの“山を降りてくる陽だまり”もまるで神様のような大きな何かにみんな祝福されて、見守られて生きてきた証のような気がして、読んでいて気持ちがやさしくなった。
みつえさんが老人ホームのベッドの上で、布団の縁をつまんで幻の針と糸で運針のように子供と夫の服に“ふせ”(長崎弁でかけはぎ、継あてのこと)をしている姿を見るたび、じんわり思う。
何かになって名を残さなくても、偉くなくても、金持ちじゃなくても、ひとりの女が平凡な妻になって母になって、家族のために懸命に身を削って生きて、愛だけを注いで、やがては老いて死んでいくというのも、なかなか尊いものじゃないかと素直に思えた。私も老いてヨレヨレの婆さんになって、ひょっこり思い出す自分はきっとそういう夫や子供の世話をうるさいくらいに細々と焼いている、このいつもの自分だったりするんじゃないか。そして、それがいちばんいい。
私たちはみんな繰り返す日常にささやかな物語を持って生きているし、その物語を持って死んでいけるんだと思う。
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by zuzumiya | 2013-06-16 11:42 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)
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