嘘も方便

最近、認知症のお年寄りの接し方というか、付き合い方のようなものが自分なりにわかってきた気がする。先日、あるおばあさんが綿入りのベストを握りしめて「ねえ、おねえさん、コレって私のかしら?」と訊いてきた。いつも着ているのを見ていたベストだったので「そうですよ。いつも着ていたじゃないですか」と笑って答えたのだが、首を傾げて「そうかしら?私こんなの持っていたかしら?」と言う。裾裏に書いてある名前を見せて「ホラ、ここにちゃんと名前も書いてあります」と言っても、「違うわよ。私のじゃないのに、誰かが間違えて名前を書いたんだわ」と納得しない。「大丈夫ですよ。きっと洗濯していたものが戻ってきたんですよ。○○さんのだから安心してね」とベストを返したが、どうにも不思議でたまらないという顔で去って行った。
向こうの方でベテランの男の職員にも同じ質問を浴びせていたので聞き耳を立てていたら「あのね、そのベストはね、この間あなたのパパさんが寒くないようにって、持ってきてくれたものなの。よかったじゃない?」と答えていた。まったくの嘘である。
でもおばあさんは「アラ、そう!そうだったの!それならよかった。うれしいわ~」といきなり笑顔になった。嘘も方便とはいうが、こういうことかと思った。
保育士をやっていたくせに、機転の利かない自分の答えが少し恥ずかしくなった。私のやったことは彼女に正確な事実を突きつけただけで、彼女にしてみれば“覚えていない不安”と“自分への情けなさ”がいたずらに掻き立てられただけだったろう。たとえ嘘であっても、本人が“幸せに納得できる”着地をさせてあげればよかった。しかも、職員の返答は最後に家族への感謝の気持ちまで呼び起こしている。さすがだな、と思った。
でも、こういう嘘が方便になるのは実は認知症だからこそ、なのである。認知症のおばあさんたちの気分はコロコロ変わる。10分前までニコニコしていたのに、歯磨きに呼び止めたら急に「アンタの顔なんて見たくもないんだよっ!」と怒鳴られる。手に触れようものなら、それこそ暴れて叩かれる。でも、そこで無理やり歯磨きをさせなくとも、時間が経つのを待てばいいのだ。次に呼び止めた時はガラリと人が変わって、柔和な顔になって、もとのいいおばあさんに戻っている(もちろん、そうならない場合だってある)。そういうことをこの2ヶ月の経験でわかった。
認知症のお年寄りには「さっき、○○と言ったはず」「○○と言ったよね」というようなことは通用しない。忘れてしまう、気分が変わってしまう、白紙になっていることが多い。だから、何度でも同じ質問を繰り返し訊いてくるし、何度言い聞かしても効果がなかったりする。時にはたまりかねて職員も怒って叱ることもあるが、でも、「あの人は怖いから嫌だ」という残り方はしないようで、さっきうんと叱られていたのに10分もすればケロッと忘れて、気まずくならずに同じ職員の冗談にみんなと一緒に笑っていたりする。普通の人間だったら根に持つだろうな、絶対仲たがいするな、というようなことも一回一回その場かぎりで忘れてくれるから、その点では変に人間関係がこじれないので認知症の方は扱いやすいのかもしれない。臨機応変な、その場の機転の利いた話術と対応、無理強いせずに時間を置いて気分を変えてみるなど、互いに笑顔で過ごすためのさまざまなコツがあるようだ。
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by zuzumiya | 2013-03-18 21:11 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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