ほんとうの勝負

一篇のエッセイを読む。読後の温かな余韻に「ああ、うまいなあ」と思う。
最初のページに戻って、読みかえす。「ここでこの話に振って、こう持っていくのか」と話の流れの中にあるさりげない巧さに感心する。最後にタイトルを眺めて「なるほどねぇ」と納得する。本を閉じ「ああ、負けだ。自分にこんな素晴らしいエッセイは到底書けない」と思って、しんみりする。
身の程知らずはわかっている。けれど、こんなふうに何事も勝ち負けで決めてしまうのが私の癖で、このけったいな癖のために、生きていても「負け」ばかりを味わい続けている。
息子は新聞配達をしながら専門学校で3Dを学んだ。
その苦学生ぶりが上層部の目にとまり、就職難のなか、めでたくゲーム制作会社に入社した。新入社員なのに、即戦力としてすぐに大手の仕事を何本も任され、毎日残業が続いている。驚くべきことに、残業で帰ってきてご飯を食べずともゲームだけはする。本人は「これは俺のストレス発散なんだ」と言うが、その一方で「このグラフィックはいいよ」「ここの処理が甘いのがバレバレじゃん」とか言って、ゲームなどしたこともない門外漢の私に画面を指差し説明する。素人はそんなところ、気にもとめないよと思うが、「作り手側に立つと、やっぱり見方が違うねぇ」などと誉めておく。
先日、その息子が今話題のゲームソフトを買ってきた。もうすぐもうすぐと発売を楽しみに待って、会社の人たちにも「発売されたら俺、寝不足になると思います!」と真顔で宣言していたゲームだ。帰ってくるなり始めて、平日はギリギリ夜中の1時半まで、休日はほぼ丸一日画面に張り付いている。
「これはよく作り込まれてるよ!」「こういうとこ、凄いんだよねえ」
息子は心底、感心した様子で、そしてそれを誰かと分かち合いたいのか、とても嬉しそうに私に話す。その幸福そうな眩しい笑顔を見るたび、同じクリエイターとして強烈な「負け」を感じないのか、ちょっと不満に思う。でも、ふと自分のこれまでの生きづらさを思い出して、それはそれでいいのかも、と思い直した。息子の好きなことを仕事にしながらも、なおも「好き」を失わず、純粋に楽しんでいる姿は、私にはできなかったこと。正直言って、羨ましい。
私はいつでもいつの間にかひとりで勝負を仕掛けて(はなから勝負になんぞならないものまで仕掛けて)、当たり前だが負け続けて、負けるたびに「才能がないからだ」と自分を責め、かけがえのない「好き」にあれこれ余計な疑問を差し挟んで、育むどころか台無しにしてきた。若い頃の失敗や挫折を経て、今少しばかりわかったのは、自分の「好き」を自分でむやみやたらに傷つけないこと、ちゃんと守ってあげること、それが何よりも大事だということだ。
勝負といえるほんとうの勝負は、実はそこにあったんじゃないかと、今思える。
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by zuzumiya | 2012-10-14 19:40 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)
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