暮らしのまなざし

人を守るもの

面倒くさがりで、肌の手入れに熱心になる方じゃない。それでも寒くなるとさすがに風呂上がりにはクリームをすり込む。不思議なもので、クリームをすり込むという行為は、手でも顔でも体でも、なんとなく精神的に満たしてくれるようだ。どうしてそう感じるのかはわからなかったけれど、ある日、テレビでニベアクリームのCMを見て「ああ、これだったか」と気がついた。
小学生の頃、いとこの家に泊まりにいくと、風呂上がりには必ず叔母がニベアクリームを顔につけてくれた。いとこと私の三人を横一列に並べて、ほっぺとおでこと鼻の頭と顎に、ちょんちょんちょんと手際よくクリームを乗せていく。
私の育て親の祖母は、夏場のあせも対策で「シッカロール」(当時の祖母は“汗しらず”と呼んでいた)はつけてくれても、子どもの頬に大人のつけるようなクリームまでは必要ないと思っていたのだろう、つけてくれたことはなかった。寒さで頬が荒れはじめてようやく、大工だった祖父がニヤニヤとお守りみたいな万能薬の「オロナイン軟膏」を持ち出してきて、「これをすり込んどきゃ治る」とごっつい指でひと塗り、頬にすりつけられて終わるぐらいだった。
だから、叔母さん家のニベアクリームの青い缶はなんだかとても洒落ていて、贅沢な品に見えた。いとこたちがさほど感激もせずにされるがままに顔を突き出しているのを見て、これが普通であることにちょっぴり羨ましくなった。風呂上がりのニベアクリームは、おばあちゃん子だった私にとって、叔母の若い母親らしい、若い母親だからこそ気のつく愛情表現として、ほんのり温かく心に残った。
今のCMのコンセプトも表現も、昔と変わりない。母親が笑う子どもの頬にクリームをつけてあげている。映像を見ながら、湯上りの肌にクリームがなじんでいくあの淡い香りまで思い出した。あの頃の、幸せないい気持ちが蘇った。叔母に母親というものを感じたはずなのに、いつもの母恋しの寂しさにすり替わらなかったのは不思議だ。
もしかしたら、誰でもいいのかもしれない。誰かに大事にされて慈しまれている、そうはっきり心に刻まれる瞬間こそが大事なのだ。そういう瞬間は時を経てもその人の中にちゃんと残って息づいている。「どうしてかわからないけれど、なんだかいいんだよなぁ」のなかにひょっこり隠れていたりして、その人を守っている。
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by zuzumiya | 2012-10-11 11:33 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)
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