暮らしのまなざし

温泉は好き、ですか?

息子が初任給でプレゼントしてくれた宿泊券で、夫婦で箱根に行ってきた。
宿泊先は塔ノ沢だが、芦ノ湖の方まで足を伸ばす気はなく、単に温泉に浸かってのんびりするだけの、温泉が目的の温泉旅行にした。
時々、女子というものは遠い目をして「ああ、温泉に行きたい」などとつぶやいたりする。
私も仕事場では「うん、そうだよねえ」と頷いてきたけれど、今回ほんとうに温泉目的の旅行に行ってみて、「ああ、自分は温泉には向かない人間だ」とつくづく思い知った。
私は非常に目が悪い。両眼とも裸眼で0.1以下のマイナスである。メガネをかけなればぼやけて何も見えない。なので、大浴場にも必然的にメガネをかけて入ることになる。
スッポンポンに黒メガネ(ほんとうは濃紺の縁だが)、これが細い銀縁ぐらいならかけていても違和感がないのだろうが、こんな姿で現れたらたしかにみんな引く。何となく湯船からの視線を感じて妙に戸口でオドオドしてしまうが、たぶんみんな「なんでメガネをかけて入ってくんの?」という疑問の表れなのだろう。
「別に人の裸を見たいがためにメガネをかけて入ってるわけじゃないんです、ここがどういう空間かを見ておきたいだけなんです」と声を大にして言いたいが、そんなこと言えるわけがない。
何ていうか、そう、無防備な裸を衆目に晒して(ま、みんな裸なんだが)、さらにこの場においては“新参者”であるという、大浴場戸口での所在無さみたいなものが、私の苦手意識のひとつにある。それに、入っていく際の“タオルでどこまで隠すのが自然か”とか、脱衣場での脱ぎの順序、“いつ頃パンツを脱ぐのがスマートか”の立ち居振る舞いの諸問題や“湯船での目のやり場”など、自分のなかではやたらに意識してしまう問題が多すぎるのもよくない。
あと、苦手だなあと思うのは、幼い子供の容赦ない視線。
母親は人の裸をジロジロと見るものじゃないとわかっていても、幼い子供はそんなことお構いなしでまじまじと見る。そりゃそうだ。日頃見慣れているお母さんの裸が“裸”だと思っていたら、全然そうじゃないんだから。
私自身も小さい頃、自宅の風呂工事で近くの銭湯に祖母と通った経験があるが、湯船からあらゆる年代のあらゆる人の裸を観察した。「おばあさんになると、あんなにオッパイがしなびて伸びちゃうんだ」とか「あの女の人のオッパイの輪(後に“乳輪”と知る)は異常に大きいな」とか「あのお姉さんは痩せてても毛だけはボーボーだな」とか。それこそ、容赦ない視線を送っていたと思う。
考えてみると、銭湯で実にさまざまな裸を目にすることではじめて「人ってみんな違うんだなぁ」と実感できたように思う。そして、そのまま銭湯通いを続けていたら、もしかして思春期には今度は逆に「人間なんて裸になりゃ、みんな肉の塊じゃん」とシニカルに思っていたかもしれない。大浴場の湯船こそ「人間とは」を哲学する格好の場なのである。とかなんとか言っちゃって…。
いや、ここで話したかったのはそんな高尚なことではない、もっと下ネタだ。
浴場の扉を開けて入ったその瞬間からくっついて離れない執拗な子供の視線について、あなたは困ったことがないか?
朝風呂に行った時のこと。先客は3歳ぐらいの子供を連れた若い母親だけだった。戸口に立ってすぐに子供と目が合った。私は子供の視線を背中に感じながら、そろりそろりと桶と椅子を取りに行き、湯を落としてそれらを洗い、「さぁ下半身を洗うか」という時、ふといまだ離れていない子供の視線を感じて、妙に戸惑った。
子供であれ、大人であれ、かがんで下半身を洗う情けない姿を人にじいっと見られているというのはなんとも居たたまれない気分である。オドオドしている自分にそれでも「礼儀なんだから」と言い聞かせつつ、頭の半分で母親の存在も意識しながら「はて、どのくらい洗うのが礼儀正しいのか」などと真面目に考えて下半身をこすっていた。こういう人の目を気にするがために起こる“しなくてもいい躊躇”、“心の迷い”が実に多すぎるから、自分は温泉向きではないなと思うのだ。
それに加えて「温泉に来たんだから、何回も入らなきゃ」という貧乏性な性格が強迫観念となる。
どうも人と一緒に風呂に入るのが苦手なくせに「何回も」をクリアしようとして、本末転倒の馬鹿をやりかねない。「朝5時ぴったりだったら、人はいないはず」と考えて、旅行に来ているのに仕事へ行くよりも早い5時に起きようとして、はたと気づく。頭の中で常に「温泉に入らなければ損だ」と「いつなら人がいないか?」ばかり考えていて、終いには疲れてくる。温泉に入ったら入ったで“カラスの行水”ではもったいないと思い、もう少しもう少しと浸かっていたら、服が着られないくらい汗が吹き出し、“必要以上”に脱衣所に長居した。
この“風呂から上がった後の脱衣所でのスマートな過ごし方”というのも、実は悩ましい。
“大型扇風機の前にどのくらい居座っても許されるのか”とか“置いてある炭の化粧水はやっぱり使っておくべきか”とか“足つぼマシーンを試してみたいが、誰かの水虫が伝染るんではないか”とか、考えることはいくらでもある。
最後の最後には「ご不要になったタオルはこちらへお入れください」の籠に、“果たしてタオルを入れてしまうべきかどうか”、すなわち、“もうほんとうに風呂に来ることが無いのかどうか”の判断を迫られるし、入口の乱雑に重なったスリッパを前にして“このなかに水虫の人がいるんじゃないか”とまた考えてしまう。1回温泉に入るのにこんなにもごちゃごちゃ考えることが多いのだから、リラックスなんてほんとはできていないのだと思う。親孝行の息子の手前、こんなことは絶対に口が裂けても言えないが…。
実はもう1回分の宿泊券ももらっている。フロントに「この券は一般室なんですが、お金を足せば、お風呂付きの部屋に変更できますか?」と訊いてみたが、「一般室としてサービス価格でご提供させて頂いてますので」と断られた。“グルメプラン”で食事は良かったし、息子の気持ちがありがたいので、もちろん次だって行くつもりである。
ただ次は今回のことを反省して、できるだけ考えずに、もう少し“のうのうと”温泉気分を味わいたいなと思ってはいる。
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by zuzumiya | 2012-09-23 18:29 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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