暮らしのまなざし

今日もいろいろありました。

部屋の中には静かにドビュッシーの「夢」が流れている。
扇風機の風向きで墨の匂いが鼻をかすめていく。夜になって、夫は食卓で書をやりはじめた。
自分に「読書」や「映画鑑賞」のような受身の趣味しかないことに、急に恥ずかしくなったという。
私は彼の隣であまり気の進ままない読書をし、ついには本を放り投げ、今これを書いている。
今日は立て続けに映画のDVDを3本観た。西部劇とコメディとヒューマンドラマ。おかげで尻が痛くなった。
明日は勤めの最後の日である。5時に終わったら、久々にひとりでバスに乗って市ヶ谷経由で帰ろう。
最近読んだ小説から、心に残った言葉。忘れないように、書いておく。

<自分には到底できないこと、夢見てもかなわないことで、自分を傷つけている人が、この世界にはたくさんいるよね。それも本心では、そうなりたいとさえ願っていない夢で、自分を傷つけている人。>
<年を取ると、この世にある仕事のほとんどで自分がまったく無力なのが、わかるようになる。それでいて、きちんと自分の仕事をしてきた人になら、自分だけにできることも身体でわかるようになる。>
<そのほんのちいさな仕事のなかに、無限の自由があると身体でわかるようになる。切り詰められた表現や技術の制約のなかに、世界のすべてだってきっと盛りこめる。>

<この世界に存在するあらゆるものには、それぞれ固有の美しさがあり、
いつだって足りないのはそれを見る側の力なのだ。>
                                石田衣良 『眠れぬ真珠』より

明日以降のいちばんの楽しみは『サルトルとボーヴォワール』のDVD。若い頃は『ルー・サロメ 善悪の彼岸』なんてニーチェの三角関係の映画を見てたりしたが、年を取ってからはこの手の作品を面白く見れるかどうか試してみたいのである。
あ、そうそう、遅ればせながら蜷川作品の『さくらん』を見た。初めての作品というのもあるのだろうが、この監督、「映画」にはまだ至ってないというか、『ヘルター』と『さくらん』と2作品見てきて思うのは、美しい画は撮れてもそれは「映像」であって「映画」ではないような気がする。美しい静止画の連続が必ずしも「映画」にはならないというような…。『ヘルター』も『さくらん』も画を気にしすぎて、女の情念の世界へ足を踏み入れるのを怖がっているような、そんな中途半端さが気になる。そっちなら「私は撮りません。私じゃなくてもいいでしょう?」とでも言いたげな。あくまで若い女性にウケる広告写真家として、「キレイな映像でオシャレに魅せたいんです」という監督の意向が想像できる。両方とも原作が漫画というのも何か意味があるのかもしれない。『ヘルター』は女優の沢尻エリカに大いに救われた感があるが、得意の美しい映像で、人間をどこまで撮れるか、次は原作を漫画からとるのはやめて、オリジナル脚本で勝負に出てみてはと思った。

さあ、明日で終わり。頑張らなきゃ。
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by zuzumiya | 2012-08-25 23:26 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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