暮らしのまなざし

ふと思った。

苦情というのは「認めてほしい」「さびしい」という気持ちの裏返し。
「ここにこんなに困っている可哀想な私がいるのよ」って、怒りながら叫んでいる。
怒っている顔の向こうに泣いている顔がうっすら見える。

いつから人は素直に「さびしいよ」って、言えなくなったんだろう。
誰かにやさしく抱きしめられ、「わかっているよ」と背をさすられ、
誰かのぬくもりで癒され、安らぐ時間を失くしてしまったのか…。
家族はどこへ行った? 恋人は? 友人は?
こんなにも街には人があふれているのに。
こんなにも集う場所があるのに。

先生はたしか書いていた。
その「誰か」がいなければ、「自分で自分を誉めなさい」。
そして、「誰か」とは、それこそもっと大きくてゆるがない「天の目」として、いつでも見守られていると信じなさい、と。
先生は特定の宗教を持っている方ではない。
ただ、時に空を仰ぐように信じ、祈り、自らを安らがせ、感謝して、しっかりと歩んできた人だ。

孤独とは、嘆くものじゃなく、静かにあたためるものなのかもしれない。
目を閉じて、そう思う。
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by zuzumiya | 2012-07-09 13:05 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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