暮らしのまなざし

3度目の『魔性』!!そして、鶴橋さん!

行ってきました! 銀座シネパトス!
そして樋口尚文さんと鶴橋康夫監督のトークイベント!
私に教えてくださった方々、ありがとうございます!感謝してます!
「テレビジョンは遠くのものを見るというのが語源らしくて、じゃあ、そのいちばん遠くのものって何だろうと考えたときに自分の心、心の闇だった」という監督のお言葉。素敵だったなあ。
私もいいドラマは人間というものの深みを知るきっかけになると信じているので、ほんとに同感だった。生きていくことのせつなさ、哀れ(不格好な滑稽ささえも)を描いたドラマは、やはり心に残る名作になる。

ここで訂正しなければならないことがある。
私は以前のブログの記事で、「中学の頃に『魔性』を見た」と書いていたが、それは記憶ちがいだったことが判明した。サバを読んでいたわけではない。単なる記憶ちがいである。『魔性』は1984年の放映らしいので、65年生まれの私は19のはず。会場に脚本家の井上由美子さんがいらしたが、彼女もたしか19の頃と言っていたので、同い年になるのかな? いまや有名脚本家の彼女は「当時は単なるおかしな趣味の女の話だと思っていたが、今回見てみて、孤独な女の話だとわかった」と感想を述べていたが、私は当時から『魔性』の世界の虜であったのに、脚本家にも演出家にもなれずにエッセイ本を一冊書いたきりの今はただのオバサンである。感性では負けてなかったはずなのに二人はこんなにも遠く隔たってしまった(苦笑)。

3度目になる因縁の?『魔性』を見て、あらためて、その映像に素敵、カッコいいと惚れ直した。
浅丘ルリ子がとにかくいい。あのつばの広い帽子、派手なワンピース、徹底してふてぶてしいまでのお嬢様口調、揺るがない美意識。凛として、冷ややかで排他的な蔑みのなかに甘やかな媚がとろとろと溶けている。妖女であって、永遠のいたいけな少女。高校時代から倉橋由美子の描く女性やリリアナ・カヴァーニの『愛の嵐』のルチアに憧れていた私にとって、あの浅丘が演じた眉子という女性は最高に素敵だった。私の考える「女」そのものだ。まさに「魔性」。いい女には毒気と狂気がなきゃ。

津川雅彦の艶気もよかった。キャンバスをヒステリックに絵具でめちゃくちゃにされ、浅丘に「脱いで。下」と言われ、おもむろにズボンを脱ぐシーン。目の色がふうわり変わったのを私は見逃さなかった。

三国連太郎が神父だなんて(忘れていたの!)、キャスティングのセンスの良さにあらためて感服した。
生ぐささ、ハンパないでしょ?神の使いか悪魔の使いかわからないあやふやさ。人間をもてあそんでいるようなあのねっとりした口調、したたかな笑み。そしたら、最後にやっぱり眉子を犯していた北海道の義父との二役だったことが判明して、「そうするよなあ、うまいなあ」とニヤリと笑ってしまった。

トークショーの後に質問したいことなんて、いくつもあった。
でも、手を挙げられなかった。だって、業界人ばっかなんだもん。パンピーの私じゃあね。
できれば、鶴橋監督とお酒を飲みたかったなあ。そしたら、ベット・ミドラーの音楽のこととか、俳優の話とか、細かい演出の話とかうんと語りあえたのに。
あんな作品を撮ってた男なんだから、いくつになってもいい男に決まってる。監督自身、すごい艶気のある男だった。孫がいるとは思えないくらい。「この世に『魔性』を作ってくれてありがとう!」と抱きつきたくなっちゃうくらいだった。19で『魔性』を素敵と思えた自分をエライと思いなおした夜だった。

あ、映像を見ながら、トークショーを聞きながら、時折くぐもって聞こえる地下鉄の音?がまたよかったなあ。銀座シネパトスのね。
[PR]



by zuzumiya | 2012-06-30 23:38 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(5)
トラックバックURL : http://zuzumiya.exblog.jp/tb/15672944
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented at 2012-07-02 17:32 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2012-07-02 17:39 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by zuzumiya at 2012-07-03 00:17
拙井様、上映会をお知らせ下さりありがとうございました。人間の記憶はほんとにあてになりませんね。自分が初めて見た年齢は間違っていたし、神父の存在など、忘れていましたから(苦笑)。ただ、橋のシーンでベット・ミドラーの歌がかかって、橋の欄干に上って歩く姿は記憶どおりでした。舞子じゃなくて眉子(しかもこの字!!)だったんですね。教えて下さりありがとうございました。直しておきます。鏡やガラスに顔が映って、眉子の顔が歪むシーンも今回あらためて見て、凄みを感じました。19の当時は処刑のシーンが強烈で結構心に残ってましたね。今思い出すと、ほんとに細かいカット一つ一つで「いいのか、テレビの枠でこんなの流して」と驚いてしまうものばかりでした。鶴橋監督の「永遠の仔」とか「天国への階段」とか、DVDで出ているのかわかりませんが、機会があったらまた見てみたいです。ありがとうございました。
Commented by うさぎ二匹 at 2012-07-03 05:50 x
zuzumiyaさん お久しぶりです。
うわぁー三度目の「魔性」なんてとてもうらやましいです。

中学時代に観て、物凄く衝撃を受けました。あれほどのTV番組は今までありません。
鶴橋氏とお酒が飲みたかったなんて正直な感想、笑っちゃいましたよ。
一晩中語るでしょうね!

ところで、私も中学時代からもう随分と時間が流れましたから、幻の映像はどこか記憶が違っているのかも知れません。
Commented by zuzumiya at 2012-07-03 09:46
うさぎ二匹さま、ご無沙汰しています。
鶴橋監督は艶気と凄みのあるいい男でした。俳優たちを飲み込んでいく、静かな黒い沼のようなオーラを放っていました。お話のなかで沢尻エリカを誉めていました。「ヘルタースケルター」は「怒涛の沢尻!」って感じで、私も期待しています。「魔性」にも感じましたが、美に執着していくなかで、それが永遠でなく儚くも失われていくことをどこかでわかっていながら、捨てまいとする追いすがりの心理が、自分を嵐のなかに追いやり、いたぶり、ついには女という屋台骨が崩れてしまう。女の狂気はいつでも少女のような純粋さ「きれいだったから、かわいかったから、それを私だけのものにしたかった」が発端なんじゃないかという気がします。眉子の義父から犯され続けていた圧倒的な穢れとおそらくは義父から交渉のたびに耳元で囁かれていたであろう「美しいよ、眉子」の言葉の粘着は複雑な美意識を彼女のなかに宿し、美への執着を生んだでしょう。眉子の仕事が人形作りだったいうのも、実にうなづける設定です。って、また語りだしちゃった(笑)。とにかく、「ヘルター」にも「魔性」の要素を感じて期待しているということです。長くなりすみません。

ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?
by zuzumiya
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

※このブログの無断な転載はご遠慮願います。

最新の記事

最新のコメント

検索

ブログジャンル

画像一覧