『マスターピース』に慰められて

精神的な状態に左右されているのかもしれないけど、
エレカシの最新作『マスターピース』に今すごく慰められている。
いつだってパワフルなエレカシから「叱咤激励される」ことはあっても「慰められる」というのはあんまりないんじゃないかと思うが、とにかく今の私はそんな気分だ。
たとえば「七色の虹の橋」の歌詞の
「誰の人生だってマスターピースさ」とか
「思い出はセピア色なんかじゃない、明日へ向かう七色の虹の橋」とか。

なんていうか「年をとったっていうことなんだよなあ」って、しみじみ思う。
この歌詞の底に流れてるやさしさが手を取り合うようにわかりあえる、
そんな年になった。

思い出との距離の取り方というか、心の置き場というか。
ふと思い出して懐かしんで、もう戻れないあの頃をひとしきり愛おしむけれど、でもそこからはいつだって「生きてきたんだよなぁ、遙かに歩いてきたんだよなぁ」っていう感慨とともに、「これでいいんだよな」と空を仰ぐような、今を生きていくことへの確信とか肯定とかに気持ちがすり替わっていく。
それがきっと「虹の橋」。思い出がかけてくれる過去から今への虹の橋なんだ。
でもね、こういう感覚が実に中年的じゃないかと思ってね。
だから「ああ、今回はストレートに書いたな」って思う。

若さの持つ輝きもとんがりも憶えている。でも、だんだん身体は思うように動かなくなって、惰性とか諦めとか簡単に振り払えなくなって、目の前の老人のまごつきに怒れなくなって、時には微笑ましくもなって、「年をとる」ということのままならなさをひっそり胸のなかに落としていく。
そういう両方が見えている立ち位置にいると、心に余裕のある時なんかは「人生ってさ」とか「人間ってさ」とか、まるで中年まで生きてきた人生分のごほうびをもらったように慈しみの心が湧いて、すとんとわかってくる瞬間がある。宮本くんもきっとそう思えた瞬間があったから「誰の人生だってマスターピースさ」っていう素晴らしいフレーズが生み出せたんじゃないかと思う。
こんなにやさしい、言ってみれば「生きることへのいたわりの言葉」をサラリと歌えるようになったってこと、ほんとに「ちゃんと生きてきてよかったね」と同じ中年として、喜びあいたい気持ちだ。
私も「人生で学ぶべきものはちゃんとみんな自分の人生で学んでから死ねるんじゃないか」って思ってる。誰か偉い人の言葉を本で読んだからとかじゃなく、ふとそう思えた。
だから、ほんとはみんな平等なのかもしれないよ。
今まで子どもの頃から「生まれてくるんじゃなかった」「生きていたってつらいことばかり」と思ってきたこの私が、いつのまにやら自分の人生を「ああ、いいんだ、これで」って、おおらかに肯定してるんだから、やっぱり生きてみないとわからない。

「誰の人生だってマスターピースさ」っていう言葉と、『約束』の歌詞の
「しがない日々(毎日は)デカくても小さくても(悲しくても)間違ってなんかない」
っていう言葉が、今の私をやさしく包み込んでくれる。
いろんな聞き方、感じ方があるんだろうけど、今、私にとって『マスターピース』は慰めのアルバムだ。
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by zuzumiya | 2012-06-18 21:21 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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