祈りと感謝

何か不安なことや心配になることがあれば、自然に空を仰いで「どうか神様…」と祈っている。
毎朝、通勤の途中にあるお地蔵様には「今日も穏やかに過ごせるように見守っていてください」なんて、心のなかで手を合わす。考えてみれば、神様も仏様も私には区別なく、ちっぽけな私という人間が人間を超えた大きな存在に向かって、頭を垂れておすがりし、お願いしているに過ぎない。
それでも、祈りがあれば、同時に感謝も生まれる。
帰宅の際にはお地蔵様に向かって心のなかで「今日もありがとうございました」と必ずお礼の言葉をかける。嫌なことがあって、電車の間中、忘れようと思っても忘れられず、本も読めないことになっていても、朝、願かけしたお地蔵様の祠がすっかり暗くなっていて、そんなところにぽつんと立って、相も変わらず微笑を湛えているお顔を覗けば、「それでもまあ今日も、大事なくといえば大事なく終わったかなぁ」という気になれて、すっと「ありがとうございました」という言葉が続く。
祈って、感謝する。
駅前の街道脇のここに、もしお地蔵様の祠がなかったら、何かに向かってそっと頭を垂れるような厳粛な瞬間も、平らかに心をなだめて手離し許す瞬間も、こんなにも繰り返されることはなかっただろう。
そして、願い、祈るという気持ち。
それほどまでに心をふるわす、乞う何かが心に湧いて出るということ。
不器用だからこそ、否定感のぬぐえない性質だからこそなのかもしれないが、ふと、そんなふうに真水のような純粋さがある自分に気づく。

宗教・宗派にこだわりはなく関心はないのだが、ただ、祈る・感謝するのワンセットを繰り返す心は、やはり、平安に導かれるという気がしてならない。すべては、自己暗示なのかもしれないが。
[PR]
by zuzumiya | 2012-06-03 09:22 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://zuzumiya.exblog.jp/tb/15477283
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


by zuzumiya

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

※このブログの無断な転載はご遠慮願います。

最新の記事

私の母はカッコイイ!
at 2017-09-19 20:34
私、見てたから
at 2017-09-19 15:23
私の流儀
at 2017-09-15 23:48
保育士あるある2
at 2017-09-13 21:05
シアワセは何かに託してはいけ..
at 2017-09-10 08:44

最新のコメント

検索

ブログジャンル