この人生でじゅうぶんなんだよな。

以前にも「日々のことづけ」のどこかにも書いたと思うけれど、この生きてる自分の人生でわからなきゃいけないことってやつはたぶん、ぜんぶ、ゆくゆくはわかって死んでいけるとなんとなく思ってる。
人はみんな物事に出会いの時差がいくらかあったとしても、出会いの表面の違いがあったとしても、いつかはちゃんとその本質に気付けて、わかって、かみしめて死ねるんじゃないかと思う。
ほんと、なんでだろ、漠然とした希望で、そう思う。
「出会うべき時にちゃんと出会う」が今回の仕事でも、またしみじみわからされたからかな。
先日、掃除してたら、10年以上まえのメモの端きれに講師の先生の名前が書いてあった。
存在を知っていたんだよ、もう10年以上も前に。メモに走り書きするほどの印象があったってこと。
でも、実際アクションとって、先生と知り合いになるには、10年以上の時を要した。
それでもさ、必要な人には会えるんだよ、絶対に。今が最高のタイミングなんだろう。
人生の不思議というか、必然というか。こうやって、私に物事を最高のタイミングで用意してくれる、教えようとしてくれるこの人生ってやつに、ほんと、希望を感じるんだよね。
だから、この年になると、「ほんとの居場所」とか「ほんとの自分」とか、もうどうでもよくなってる。
ここから、今在るここからでもじゅうぶんに「わかる」はず、と。

こんなふうに思ってるのは、たぶん、年からくる「どうあがいたって」という開き直りもあるんだろうけど、今への肯定感だろうな。「いいんだよ、これで、じゅうぶんさ」っていう肯定感。
幸せか?って聞かれれば、金も暇もないし、地震も老後も心配で不安…なんて渋い顔するしかないけど、「今日の自分をそれでもよし」と、なんとか思えるのは幸せなことかもしれない。

頑張ってやることなんだよ、すべて。
バカがつくほど正直でも、不器用でも、まじめでも、損してでも、やりたいことは納得がいくまでやるんだよ。
そうすると、周りは「あそこまで…」とか「あの人のやり方は特別…」なんて嗤うかもしれないけど、自分は「まったく自分らしいよな」って、すがすがしく笑ってられるもんだよ。

自分に嘘はつかない。物事の本質をただ見失わないようにする。それだけだ。
そうすれば、静かに目を閉じれば、自分のまぶたの裏に映像が見えてくる。
人の笑顔だ。ほほえみだ。にぎわいだ。幸福だ。
それが見えれば、大丈夫。そうやって、何度も今を確認しいしい、進むんだ。

歩くよ、歩き切る。


尊敬している先生の言葉をみんなに。

「生まれてこの世に生きているということの、一番の価値は、自分の目や口、手足を使い、他者(ひと)の心に、ほんの少しでも慰めや励ましを分け与えることができるということではないでしょうか」
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by zuzumiya | 2012-05-08 20:24 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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