暮らしのまなざし

喜・怒・哀・楽、そして「慈」へ。

最近はほんとに年を感じます。
あっという間に一年が過ぎてしまうこともそうですし、自分の頬にシミが色濃く増えていることも、目の下のクマも、すぐに髪が生え際から白くなってしまうことも、しゃがんで立ち上がるたびに右膝が痛むこと、コートを羽織るたびに左肩がちょっと痛むこと、みんなそうです。
それらのことは少しだけ私を俯かせるけれど、でも、ひとつだけ、年をとったことに大いに感謝して、心から喜ばしい、嬉しいと思えることがあります。
それは、ズバリ、涙腺がゆるくなっていること。
これはねえ、もう、ほんっとに最近は富みにゆるみっぱなしなんですが、そんな涙もろい自分が私は好きですねえ。自分で自分を抱きしめたくなるくらい、愛おしいと思う。

先日もテレビで大学の箱根駅伝を見てたら、この寒空にですよ、沿道でたくさんの人たちが声援を送ってる。そんな人々からちょっと離れたところでおじいさんがひとり、こう、両手を口元に持っていって、大声で「がんばれ!」って声援を送ってたんです。その姿をカメラが何気に捉えた瞬間、唐突に泣けてしまって。
なにがいいって、おじいさんの口が「がんばれ」って一言一句動くのに感激して、涙してるんですよ、可笑しいでしょ?

どういうわけか、こんなふうにほんとに何でもない、ほんとにささいな事柄で、たいていは家族に「え、そこでぇ?」って驚かれるところで、ひとり、ティッシュを鼻にあてぐすんぐすんやってる(笑)。そんな自分に吃驚もするんだけれど、でも、そこに泣けてる自分っていうものに、もう一人の自分が「そうだよ、それでいいんだよ。そうやって生きてきたんだもの」って、すごい肯定の気持ちで寄り添ってる。

大げさかもしれないけど、「生きてきた人生のいろいろが心にじんわり溶けて行って、心の感度がいい感じに『まろやかに深く、せつなくしみじみと』になってるんだなあ」って思えて、自分に「いいよ、いいよ。よく生きた」って思えるんです。

この感度というか、純度というか、ある種の繊細さみたいなものは思春期にも勝る力があって、あ、だから思秋期というのかもしれないけれど、まさに年齢を重ねないと、人生を生きてきた歴史や遥かな時間がないと得ることができない心の有り様なんです。
なんていうか、喜怒哀楽ですべて味わって、人生の最後には何かそのどの感情ともちょっと違う、どれともうまく括れない、言ってみれば大きくてたおやかに流れる「慈」の感情に辿り着くのかもしれないなあ、と思ったりします。
すべてを受け入れ、そして、許して流れてゆく。
涙を流しながら、「慈」が心に育ち行く自分が、この人生が、うれしいんです。たぶん。
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by zuzumiya | 2012-01-07 17:54 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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