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by zuzumiya
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いつかまた、笑って会えますように

4月9日の夕方、母の連れ合いが亡くなった。
夫と5つしか年が違わない、まだ60歳の早すぎる旅立ちだった。
末期癌の激しい痛みによく耐え、よく頑張ったと思う。
翌週の月曜の休みに病院にもう一度顔を出そうと思っていた矢先だった。
きっと彼は残された母のことを頼むと私に伝えたかったろうと思う。
それが本人の口から聞けなかったことが残念でならない。
でも、救急車で運ばれたあの時、不思議と「娘」と口走り、
手を握っていられたことだけが、今ではよかったと心底思える。
あの日は神様が用意してくれた二人のための日だったのかもしれない。
あんなことがなかったら、私は彼の手に一生振れることはなかっただろう。
思えば、彼はほんとうに私たち家族によくしてくれた。
新居で最初のクリスマスに招待したら、母と一緒に松戸まで来てくれた。
義理の母が長野からりんごを贈るたび、お礼の電話で必ず母の後に出てくれたという。
子供たちへの毎年のお年玉や誕生日、クリスマスプレゼント、その時その時のお小遣い。
豚足料理など珍しくて美味しい料理を作ってふるまってくれた。
貧乏な夫によくビールやウイスキーを分けてもたせてくれた。
結婚したての頃、義理の両親を新宿のエスカイヤクラブに招待してくれた。
私が入院するとどんなに遠くても必ず見舞いに来てくれた。
正月に挨拶に行くと「死ぬまで飲もう」と冗談を言って夫と酒を酌み交わしてくれた。
金銭的にもずいぶん助けてもらった。
彼は一度たりとも恩ぎせがましいことは言わなかった。
実の子でもなく、実の父でもない。
あいまいな、いつまでたっても、あいまいで不自然な二人だった。
埋められない溝、わだかまり、変な緊張。混じり合うことのない空気があった。
若い頃はずっと「母を咎めずにきた人」「過去を見ずにいる人」として、
ずいぶん恨んでもいたのに、
でも今振り返ってみると、こんなにも思い出ができていたことの不思議。
面と向かってはついぞ訊けなかったけれど、
今なら心のなかの声もちゃんと彼に届くだろう。
「ほんとは私のこと、どう思ってました?」
「娘と思おうとしてくれたんですか?」
そんなこと思っては、ふうわり笑ってみる。
そして、いつでも「ごめんなさい」と「ありがとう」が押し寄せる。

いつかまた、笑って会えますように。
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by zuzumiya | 2011-04-14 23:50 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)