暮らしのまなざし

手紙

芸術家の心の闇は作品として昇華されるのに、そうではない信奉者がそこを考えもせず、心に巣喰う闇を自分なりの解釈の仕方で肯定、全開してしまうのはとても危険なことのように思える。
「悪魔のささやき」は誰の耳にも聞こえるだろうが、問題はそこから先だ。
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by zuzumiya | 2010-11-22 13:18 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(2)
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Commented by 悠里 at 2010-11-23 12:32 x
お久しぶりです。今回のエレカシの「悪魔のささやき」を聞いて、頑張ってまたリハビリに行こうと思いました。それまでは実は自宅で任意入院の代わりをしていました。やっぱりライブに行けたというのが外に出るという自信にもつながりました。私にも年中「悪魔のささやき」は聴こえてくる訳で、それに対抗するために詩を書いたりしているようなものです。でも、さすがに悪魔そのものを書くには私は実力が足りないので、今回のアルバム全体通してすごいなあって思いました。光と闇は同時にあるものです。両方とも肯定だからどちらもと、かたよるのは危険だと私も思います。ただ、ブログなどでは闇というかネガティブな事を書いたりする時は、「※ネガティブ注意」と記事のタイトルにつけたり、ネガティブブログならそのカテゴリを選択して書いたりと配慮が必要なのが現状です。なので、全開にするにも手続きが必要だったりします。そういうのが結局は一日のうちで悲しい事、嬉しい事あるけど、ブログではそういうのを隠して自信満々に書く破目になる訳だと私は納得しています。
とりとめなくてすいませんが、とにかく私は悪魔のささやきには注意したいなと、思いました。
Commented by zuzumiya at 2010-11-23 16:51
たしかにネガティブなことを書きたくなるときはありますけれど、わざわざ公のブログに載せることもないのかな、と私個人は判断します。人間ができていないので、「ちくしょー、書いたろかっ!」と自分が載せたくなる誘惑にかられる時はあって、でもほんとうは特別寂しいときで、吐き出したくなるというより、やさしさや慰めをこのPCの向こうにいる誰かに求めている時なんじゃないかな、と自己分析します。わたしみたいなあなたがいたら、届いてくれ、わかってくれるよねっていう気持ち。心の奥の奥のそのまた奥では傷ついた小さい自分が震えてる、闇といっても実はそんな可哀想な自分がいるだけなのかもしれないです。
ポジティブ馬鹿と言われようが、やっぱり、私は光を何とか探したい。実はネガティブだらけの人生だからこそ、そう思えるのかもしれません。悠里さんには詩がある。言葉の世界はほんと難しいけど頑張れ! 表現することをよしとして、誰かと比較して簡単に捨て去らないように。どんなにカッコ悪くても、情けない自分を晒しても、書いていましょう。リハビリ頑張ってください。書いていると、きっといいこともありますよ。


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