遺伝、この恐るべきもの

遺伝というのは恐ろしい。
足の指の微妙な曲がり具合やら耳糞のタイプやら「なんでこんなところが?」と呆れるようなところまで、親から子どもに伝わっている。似てほしくないなあと思う「恰好悪いとこ」「恥ずかしいとこ」は、なにより優先されて似てしまう。いったい、カミサマはどうしてうちにそんな悪ふざけをするのか、DNAの偶然の接合にしては「あまりに悪いとこどりではないかい?」と唸ってしまう。このまま「恰好悪くて恥ずかしい要素」ばかりが遺伝に遺伝を重ねて、代々受け継がれていったら、と思うと、娘に結婚は勧められないなと思う。

可愛そうに、娘は夫に似てしまった。
以前、夫は本屋やビデオ屋に行くと決まって大をもよおすと書いた(『けったいな体質』)。実はその体質は娘にも受け継がれていて、オモチャや文房具売り場でしばしば娘も大をもよおす。二人とも「大好きなものを選ぶ」という幸福なひとときを心の底から、いや、腹の底から腹筋や括約筋をゆるめて、エンジョイできたためしはない。便秘がちな私に似れば、太鼓腹を叩いて「どこでもなんでもどんと来い!」と笑っていられるのだが、娘は実に気の毒である。

そして今回、初めてばらしてしまうが、夫にはもうひとつ特筆すべき体質があるのだ。まずはその話をしなければならない。
夫は夜、眠っていて夢を見ると、その夢のとおりに手足が動いてしまう。似たようなものに「夢遊病」があるが、「夢遊病」は本人が眠ったままやたらに歩いて行くので、階段から転げ落ちようが、ゴキブリホイホイを両足に履いていようが、自分の身が危険にさらされるだけで済む。しかし、夫の奇行は、そばで一緒に寝ている家族を巻き込んで、ヘタをすると家族の命の方を危険にさらしてしまうのでタチが悪い。

最初の奇行は、二人がまだ恋人時代に起こった。
真夜中に「ガシャーン」という物音がして飛び起きると、窓のブラインドに夫の左足が乗っていた。
「何これ、すごい、寝返り……」
びっくりしていると、本人も衝撃で目がさめたのか、
「うううう、俺、いま、たしか柔道の寝技をかけてたんだけど……夢だったか、うう」
痛みに顔をしかめている。確かに寝返りにしては足の位置が高かったが、まさか夢を見て、そのとおりに足が宙を舞ったとは思わなかったので、度肝を抜いた。と同時に、夫の見た夢がよりによって柔道の夢で、どういうわけだか寝技をかけていたというところに、ただならぬものを感じた。思えば、この時点で
「この人、変な人かも……」
と夫の特異性に気がついていれば、遺伝子を受け継ぐ娘はこの世に生まれて来なかった。恋は盲目というが、たしかに私はうすらとんかちであった。

次はすでに結婚してしまってからだったが、やっぱり真夜中に夫が突然
「うわああああ」
と叫んだ。私はびっくりして起きあがったが、見ると、夫は目をつむったまま、苦悶の表情で一心不乱に自分の布団をはたいている。
「どしたのっ、なに、どしたのよっ!」
夫の尋常でない姿に危険を感じ、体を揺すって正気を取り戻させると、
「い、いま、俺の顔に、く、くもの巣がへばりついたんだよおお〜、ヒィーッ」
夫が涙目で私にしがみついてきた。呆れて、どんな夢を見ていたのか聞くと、
「あのね、ジャングルに行ってたんだけどね、ジャングルがね……」
このときには、
「やっぱり、変だ、この人」
とはっきり自覚したが、傍らにはすでに幼い息子が寝息をたてていて、離婚するわけにはいかなかった。

二度あることは三度ある。そしてきまって三度目はとんでもないことになるものである。
新しいマンションに引っ越して間もない頃だった。やっぱり真夜中、
「だあーっ!」
という夫の雄叫びがした。
「なにっ、なんなのっ!」
私は跳ね起き、いつものくせで夫を見ると、夫は片足をふすまに上げたまま
「い、いま、みのもんたのやつに、馬糞を放られたあああ〜!」
と悔しそうに叫んだ。
「え?」
夫はいまだ興奮冷めやらずという調子で、
「だからさあ、いま、みのもんたのやつがさあ、足で馬糞を蹴ってきたから、汚ねえと思って、こっちも足で蹴り返したんだよっ、チクショー!」
「え?」
夫の脳はどこまでハチャメチャなのだろう。よりによって「みのもんた」が、よりによって「馬糞」を、よりによって「蹴り飛ばしてくる」なんていう奇天烈な夢をどうやったら見られるのだろう。夫の頭をかち割って見てみたいと呆れていると、
「イテッ、アイタタタ……」
と声がする。暗がりに目をこらすと、なんと夫は自分の左足をふすまからゆっくり引き抜いていた。どうやら蹴り上げた時に勢い余ってふすまをぶち抜いてしまったらしい。電気をつけてみると、まるでHangTenのマークのように、夫の26センチの足型に新品のふすまが見事に抜け落ちていた。
よく見ると、足の形の、あのちょっと内側に曲がった感じとか、指の頭のでこぼこ具合とか、かかとの太さとか、夫の足そのまんまに抜けているので、ギャグマンガで人型に壁が抜けるというのもまんざら嘘ではないな、と思えてきた。見なきゃいいのに見るたびに、
「よくもまあ、うまく抜けたもんだよね〜」
「なんで、こんなところに足型があんのか、引っ越すとき、大家が泡吹くぞ〜」
と言い合って、腹の皮がよじれるほど笑った。
ひとしきり笑った後、夫がふと
「でも、危ねえよな」
とつぶやいた。
「すごい力っていうことよね」
私も真顔になった。そばで眠っている子どもたちを見ながら考えたことは同じである。
「よかった。こいつら無事で…」

つまりは、夫の夢は人を殺しかねないのだ。
夢を見ていたのに、朝目覚めたら隣で人が死んでいる。まるでハリウッドのB級映画のようだ。いくら刑事さんに
「俺はただ、夢の中で関口宏とケンケンパしてただけだ!」
と主張しても、それは無駄というものだ。それとも夫は精神鑑定に持ち込まれて、無罪になるのだろうか。
この三度目の「ふすま足抜き事件」があってからというもの、私と夫は俄然、用心しだした。子どもに被害が及びませんようにと毎夜かかさず祈りながら、だがしかし住宅事情のため、泣く泣く川の字に寝た。そして、夫が自らの奇行をじゅうぶん意識しだしてからは、幸運にも不思議とそれはなくなっていったのである。

だが、その特異体質は、娘に遺伝していたのだった。
朝、起きると、娘の上半身がすっぽんぽんである。
「どうしたのっ、なんで裸なのっ」
兄妹で寝ていたので、まさかと思って、慌てて詰め寄ると、
「暑いから、たぶん脱いだんだと思う」
「たぶんって、あんた、まさか、眠りながら脱いだの?」
「うん」
娘の答えにギョッとした。
驚くべきことに娘は眠りながら順次ボタンを4つも外し、パジャマを脱いで、しかもご丁寧にも袖だたみにして枕元に置いていたのである。さらにさらに先日は、朝起きたら、あろうことか、下半身がパンツ一丁だった。本人はあんまり覚えていないようだが、眠りながらズボンを引き下ろして、そしてまた、ベッドに座ってちまちまと畳んでいたのだろう。

このまま育ってしまえば、もうこれだけで娘は嫁にはいけないかもしれない。
本屋に行けば大をもよおし、眠れば翌朝すっぽんぽんなのだ。これらすべては夫の方の遺伝子であり、私に罪はない。罪があるとすれば、そうとは知らずに、いやうすうす感づいてはいたものの、結婚して子どもを作ってしまったことだろうが、息子はいたって正常なのである。

年に一回、夫の両親が長野から泊まりにくる。
ある晩、
「ひゃあほ〜い、ほろほろほろ〜」
というとんでもなく高い音の、ジャングルの極楽鳥のような鳴き声がして、夫も私も何事かと飛び起きた。
すぐにふすまの向こうで、
「お父さんたら、なんねえ、まったく」
と義母が眠そうに叱言を言ったので、叫び声の主は義父だとわかった。
「いやあな、蜘蛛がな、蜘蛛が寄ってきてな、参ったわ、ハハハ」
これを聞いて、私たちは目を見開いた。
「あなたの夢見て動いちゃうやつ、実はオヤジさんからの遺伝だったんじゃない?」
たまらず、吹き出した。よりによって、大の大人が昼間何に興奮したんだか知らないが、親子で蜘蛛の巣の夢を見て騒ぎだすとは、ほんとに遺伝とは恐ろしい。そして、とんでもない夫の傍らでずっと寝起きを共にしてきた妻として、義母の受け答えには年期の入った余裕すら感じ、言い知れぬ親近感と尊敬の念を抱いてしまったのだった。

義父から夫へ、夫から娘へと、どういうわけか変な遺伝子は受け継がれてしまった。
母親として娘にしてあげられることは、「環境は遺伝に勝つ」と言い聞かせて、夫の影響を受けないようになるべく離して育てたいのだが、なにせ遺伝子レベルで気が合うせいか、毎日、父娘でベタベタしている。


※パソコン内で以前書いた文章を探していたら、ひょんなことからこんなのが見つかった(ほんとはもっと真面目なものを探していたのだが)。これは娘が小学校の低学年頃の話だったかと思うが、とても懐かしい。成長した娘はここに書かれてあるような体質ではすでになくなっているが、夫の方は何ら変わっていない。おそらく義父も変わらずにいてくれていることだろう。

夫とは本にも書いてあるとおり、あんまりぱっとしない下り坂ばかりの人生を、一緒にとぼとぼと歩いてきた仲なのだが、こんなふうに実に面白い、憎めない、チャーミングなところのある男である。貧乏やらトラブルやら悩ましきことをしょっちゅう抱え込んでいても、口げんかでむっつり黙り込んでいても、夫のオナラ一発でふつふつと肩を震わせ、我慢しきれなくなって笑いだせる、そんな夫婦である。そして、それが言うなれば何より自慢だったりする。昔、編集者に「オナラのことをこんなに温かく書けるしょうのさんって凄いです」という誉められ方をした。でも、それは私にとってはとてもうれしかった。ユーモアと笑い。人とあるなかでそれがどれだけ潤滑油になって、温かいものを通わせることができるか、その大切さをさりげなく教えてくれた人、それは祖父と夫だと思っている。
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by zuzumiya | 2010-11-03 16:13 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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