暮らしのまなざし

黄色い傘

かれこれもう、ひと月以上になるだろうか。我が家の窓から見える駐車場のブロック塀に子ども用の黄色い傘がぽつんとかけられている。誰かの忘れ物なのか、捨てていった傘なのか、毎朝カーテンを開くたびに、あるかどうかをなんとなく確認している。

もうずいぶんと見慣れたその黄色い傘のことを、今朝になって書きたくなったのはどうしてだろう。梅雨の小雨の降るなか、黒く冷たい道路の上に今朝は倒れているせいかもしれない。傘の黄色が雨に打たれてやけに浮き立って見える。心のなかで、あんなところに倒れてしまったら、捨てられてしまうかも、と心配している私がいる。車の車輪で折れてしまわないか、と心が痛んでいる。なのに動けず、私は黄色い傘の黄色をただ見つめている。誰かがまた塀にひっかけてくれるさ、ひと月以上も捨てられなかったのだから、大丈夫だ、そんなふうに自分で自分を慰める声もする。

私にはわかっている。駐車場を使うマンションの住民も、ブロック塀の民家の隣人も、ゴミを出しに孫と歩いてくる近所のおばさんも、大きな犬の散歩にくるご婦人も、子どもを幼稚園に送り迎えする若いお母さんも、みんなあそこに黄色い傘が一本かけてあることを知っているのだということを。そして、私のようにそこに「ある」と確認して、なんとなく心落ち着いているのだということも。

ぽつんと残った子ども用の黄色い傘を誰が捨てられようか。なにかもの哀しいような、せつない温かみのあるような、そんな雰囲気を漂わす黄色い傘を誰もどうにもできなくて、そのままにしてあるだけなのだ。紳士用の黒傘なら、婦人用の柄傘なら、ビニール傘なら、とっくに捨てられていただろう。もしかして、同じ子供用でも青い傘や赤い傘なら捨てられていたかもしれない。黄色い傘だからこそ捨てるに捨てられないのだろう。

視界の悪い雨の中、車から我が子を守るために、親が最初に子に持たせる傘の色は、黄色だろうと思う。傘の黄色には他の色が持ち得ない、可愛いだけでないメッセージがこもっている。いっちょまえに傘をさして、前を見ているんだかどうだかわからない調子で離れて歩く幼な子にやきもきしながら「ドライバーさん、ここに子どもがいるんです。気をつけてやって」とめいっぱいの注意信号を送っているのが黄色なのだ。それをどこかで知っているから、私たちはなんとなくあの黄色い傘を捨てられないのだろう。

子どもの傘はふざけて「おちょこ」にされたり、戦いごっこの剣にされたりで、寿命はそんなに長くはないものだが、黄色い傘の寿命はことのほか短いように思う。小学校に入学したての頃は男の子も女の子も、ランドセルカバーと同じ黄色い傘の子が多い。ところが、1年生の後半頃には骨が曲がっていたり、てっぺんに穴が開いていたりと傘のいたみが目立ってくる。玄関で黄色い傘をくくりながら「それでも友達と楽しくやってるのならいいや」と苦笑したりする。次に傘を買うときは、もう子どもが黄色を幼がって、ピンクやら青色の傘を選ぶ。黄色い傘は一年も保たずに、子どもの順調な学校生活を親に知らせて役目を終えるのである。

雨の中、母親がかばいきれない幼いいのちを守って、雨上がりには幼いいのちと戯れて、大抵は骨が曲がって薄汚れて、てっぺんに穴があいて、ごくろうさまとなる黄色い傘。我が家の傘立てにも実は一本、残っている。面倒だからとばかり思っていたが、なんとなく捨てきれずにいたんだな、と今わかった。
不思議だが、私が我が家の黄色い傘を捨てたら、道路に落ちているあの黄色い傘も誰かに捨てられてしまうような気がする。どちらの傘にもさわれずに、気持ちはただうろうろとしている。
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by zuzumiya | 2010-10-13 20:42 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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