久世光彦『飲食男女』の世界1

a0158124_1714398.jpg自堕落でふしだらでわがままで、薄情で貪欲で浅はかな女が、たしかに私のなかにはいる。刹那的で盲目的で、破壊趣味で快楽主義な小さな獣。神様は私に白い肌と豊満な胸とくびれた腰を与えないで正解だった。そう、私は小さい頃から、ちょっとませていた。
それを思い出させてくれたのは、久世光彦の『飲食男女』のなかの「山茱萸(やまぐみ)の秋」を読んだときだ。

父の客のなかに、家族連れの客があって、9歳の「ぼく」はマコとミコという姉妹に出会う。マコはひとつ年上で10歳、ミコはひとつ年下の8歳。「ぼく」はふたりを動物に見立てる。姉のマコの方が大人の前ではおとなしく振る舞いはするが、目をキラキラと光らせたすばしっこい猫で、妹のミコの方はまだまだ母親の蔭に隠れてしまうような幼い兎。興味ははじめからマコの方にあった。
お茶の時間になる。姉妹の家は紅茶にブランデーをたらして飲むという。早速、「ぼく」の両親が試してみる。ピリッと舌を刺す大人の刺激と強い香りに「ぼく」は驚く。その姿をマコが笑って見届けている。
夏の雨降りの午後。子供部屋で子供たちはすることなく、動物図鑑や冒険小説を見てやり過ごしていた。手元の本をのぞき込むマコのブランデーの息と髪の香り、湿った雨の匂いに「ぼく」はくらくらとする。突然、マコが床にひっくり返り、白い片足をこれみよがしに上げる。一瞬、マコの大人びた黒いパンツが見える。
またある日の昼下がり。「ぼく」は母親から食べることを禁じられている庭の山茱萸の実をマコと一緒にこっそり食べている。食べながら、わけ知り顔のマコから大人の色恋の話を聞く。
「わからないかなあ—しちゃったのよ、男の人と」
「子供ね」
「パジャマのボタンが外されていて、あたしの裸の胸にポタポタと涙が降っているの」
「ぼく」の動悸は激しくなる。そのうち、マコはすばしっこい猫のように逃げ、別の山茱萸の群れに隠れた。
「何しているか、わかる?」
「—」
「オシッコよ」
「ぼく」を見て笑うマコの唇が山茱萸で赤い。

幼い頃、たしかに私にも覚えがある。
友達と遊んでいる最中に、友達と示し合わせて、薄暗い庭の茂みの蔭やブロック塀の隙間でよくかわりばんこにおしっこをした。
今思い出すのは、日陰の黒い湿った土の上に蟻んこが一匹歩いていて、その蟻んこを目がけて熱いおしっこをじょろじょろとひっかけて、蟻んこを仰向けに溺れさせたことだ。私の口は半開きで、「あ」となったまま、最後にはたしかよだれがひと筋、赤いスカートに垂れてしまっていた。
あの頃、なんであんなにも外でおしっこをしたのか、よくわからないが、たぶん遊びに夢中でトイレへ行くのも惜しいということより、子供心にもっと官能的な、いけないことへの秘密の愉悦があったのだろうと思う。外で、もしかしたら誰かに見られるかもしれない外で、パンツを下げて無防備なお尻を出し、土の上におしっこをしてしまうなんて、なんて伸びやかで強烈にエロティックな行いだろう。
たしかに人には見せることはは憚られても、土やその上を歩く蟻には自分のものを広げて見せている。私にはどこかで「惜しげもなく見せつけている」という大胆な支配欲があって、よだれを垂らすほど我を忘れて、ある種の艶めかしさに頭のなかがくらくらするほどだった。男の子がミミズという軟体生物におしっこをびしびしひっかけるというあれも、きっと同じ支配欲という陶然とした心持ちを感じているのだろう。だから、両方とも「いけないこと」なのだ。大人になってそのことのほんとうの意味がわかるのだけれど。
外での隠れたおしっこも、お医者さんごっこも、子供心に事の妖しさと危うさを私はなんとなくわかっていた。子供とはいえ、エロスにちゃんと感応し、大人の女の官能の芽をひそかに内に宿していたのだと思えてならない。

*久世光彦『飲食男女』文春文庫
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by zuzumiya | 2010-09-25 17:02 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)
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