みっともないから、恥ずかしいから、止めればいいものをどうしても止められない。
癖というものは男の煙草のように止められない。40過ぎての爪を噛む癖、それから、本を読んでいるときの髪をいじくる癖。しないとどうにも落ち着かないのだから、どこかきっと心の深いところで、私自身がそれを強烈に乞うているのかもしれない。

夏休みの絵日記帳が残っているから、それは小学校1年のときだ。
私は母の家に泊まりにいっていた。あの頃、祖母は子守歌に「浜辺のうた」や「星影のワルツ」を歌って、私を寝かせつけてくれた。母は、若い頃歌手を目指してクラブで歌っていた人なのに子守歌を歌ってくれた記憶がない。あまりに早く私は祖母へ預けられたので、あったとしても憶えていないのだろう。かわりに憶えているのは、添い寝をしながら髪をやさしく触ってくれた思い出だ。
泊まりにいって、夜寝るたびに母は添い寝をして私の髪を指で梳いてくれた。風呂上がりの幼い子供の髪の毛はせせらぎに手を浸しているようで、母も気持ちがよかったのだろう。億劫がることもなく、額から毛先に向かって、すうっと、何度も、何度でもやさしく梳いてくれた。それがものすごく気持ちよくて、このまま眠ってしまうことがもったいなくて、重いまぶたを何度も懸命にあけては母に笑われた。たしか泊まっている間中、毎晩せがんで母にやってもらっていたと思う。

あの頃、母はスナックとディスコのふたつの店のママさんで、夜中働いていたはずだが、店はどうしていたのだろう。私が泊まりに来るから母も夏休みとして休んでいたのだろうか。いや、もしかしたら、あの頃は妹を妊娠したばかりで大事をとっていたのかもしれない。だとしたら、母は子育てをしたかったんだろう。
毎晩私の髪を触りながら、今度こそ母親になろうと、平凡な家族のささやかな幸せを作ろうとひそかに思っていたのかもしれない。いつのまにか静かな吐息をたてて眠った私を見つめて、母はきっと母親として満たされていたにちがいない。こういう幸せがあるってことを、普通にあるんだってことを、母はきっと思い出していたのだろう。不思議に今の私は、私を捨てた懺悔の気持ちで母が私を見つめていてくれなくてもいいと思っている。眠った私を見て「ごめんね」などと涙ぐんでいてくれなくていい。むしろ、この添い寝の思い出のなかの母は静かに微笑んでいてほしい。この親子のふたりともが、ただ永遠に満たされていてほしい。

絵日記帳にはあきらかに大人が描いた上手すぎる絵があって、その絵は母が芝生の庭に洗濯物を干してる絵で、たしかにそんなテレビのCMのような、明るくてまぶしくて幸せすぎる光景を私は見ていた気もする。
あのとき、私の母への怨み心はどこへ行っていたんだろう。祖母と母との板挟みで気を遣い、苦しんでいた幼心はどこへ行っていたんだろう。絵日記を見ると、母の娘として純粋に夏の日々を楽しんでいる私しか浮かんでこない。
幼い頃の母との思い出などつらいものしかないと今まで思ってきたが、考えてみればそうでもなく、この添い寝の思い出のなかにはただひたすらに幸福で美しい親子がいる。
あのとき以来、髪を触る心地よさを私は覚えてしまったのだろう。
たぶん、爪噛みも髪いじりも、無意識の領域にはいまだに母恋しの幼い私が棲んでいて、爪を噛み、髪をいじっては忘れまいとしている。
[PR]
by zuzumiya | 2010-09-23 13:28 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://zuzumiya.exblog.jp/tb/11321844
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


by zuzumiya

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

※このブログの無断な転載はご遠慮願います。

最新の記事

今を歌え!
at 2017-11-18 15:32
ペットショップの恐るべきおば..
at 2017-11-05 13:55
不眠症かも…
at 2017-10-28 21:53
謝り癖
at 2017-10-25 22:09
母の孤独、私の孤独
at 2017-10-22 15:11

最新のコメント

検索

ブログジャンル

画像一覧