花の不思議

花って不思議ですね。季節をちゃんとわかっている。じぶんの咲く季節のなんたるかをとても心得ている気がします。雨上がりの道を歩いていて、ふと、そう思いました。

たとえば、あじさい。
梅雨のちょっと薄暗い空の下、蒸し暑い時期に咲く花ですが、あじさいの色は漢字で「紫陽花」と書くように、紫色のものが代表的です。紫といってもいろいろあり、赤みがかった紫から青みがかった紫まで、いろんなバリエーションで目を楽しませてくれます。
紫の他にはまっ白いあじさいや青いあじさい、水彩絵の具を溶かしたような淡い水色のあじさいなどもあり、考えてみるとみな、寒色系なんですね。

この蒸し暑い季節と滴る雨の水気に寄り添うような色をじぶんの咲くべき色として心得て生まれてきたんじゃないか、と思います。赤や黄色やオレンジの暖色系の色でないところ、何かこの季節特有の花としてあまりにぴったりで、そう思ってあらためて見回すと、名も知らないような道ばたの小さな花に至るまで、この季節には目にも涼やかな紫色の花の多いこと、ことごとく自然はよくできているなあ、と感心してしまいました。

そして、もうひとつ。花には表情というものがあるようなのです。
天気のいい晴れた昼間には、花はあっけらかんといろんな方向を向いてユラユラ、のほほんと咲いているように見えますが、この梅雨の時期の暗い曇りの日や夕暮れどきなど、街の沿道や庭先のプランターの花々を歩きながら見ていると、驚くほど深く妖艶に見えるときがあります。
こう、花のからだ全体でじっとして、暗い湿った空気に押し黙って、こちらをそっと見つめ返してくる。見つめられる物にはどんなものにも見つめ返す目があるもんだな、とあらためて思いました。

赤やピンクや黄色のかわいらしい小さな花だって、みんなうすく青みがかって縁取られ、筋や模様に深く濃く陰影が出て、だからこそ風もなく動かないのに、独特のしなを作って誘っているかのように、妖艶に見えるのです。かえって花は夕方の方が美しいのかもしれないと思うほどです。なんというか、夕闇が迫って、見られなくなるその前に、花としての最後の美しさをふるまって漂わせているのでしょうか。不思議です。
花と言えば、わたしの好きな岸田衿子さんの詩にこんなのがあります。

なぜ 花はいつも

なぜ 花はいつも
こたえの形をしているのだろう
なぜ 問いばかり
天から ふり注ぐのだろう

(「あかるい日の歌」より)

すてきな詩でしょう。
雨が上がったのを見計らって、気分転換、街の花を探しながら散歩に出かけてみませんか。
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by zuzumiya | 2010-09-19 13:33 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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