暮らしのまなざし

本の周波数

先日、図書館から借りた秋山ちえ子さんの『雨の日の手紙』を読んでいた時のこと。
頁を捲ったら、いきなりはらはらと何かが落ちました。何だろうと思ったら、大小2枚の赤いもみじでした。思わず手に取り、笑ってしまいました。
押し花は知っていますが、押し葉というのもあるのでしょうか。もしくは、洒落た栞のつもりなのでしょうか。

公園のベンチで読書をしていて、風に揺さぶられて落ちてきたもみじをそのまま栞にしたのかしら。それとも、あんまりきれいなもみじだったので、拾ったものの仕舞うところがなくて、とりあえず本に挟んでおいたのを忘れてしまったのかしら。
いろんな想像ができますが、どういうわけにせよ、見ず知らずのそのお方の人柄に触れたような気がして、心が和みました。こういうささやかな出来事にこそ人はうれしくなるものなので、私も2枚のもみじをそっと本に入れて戻しておきました。

実は以前にも似たようなことがありました。
やはり図書館から借りてきた本でしたが、中に貸し出しリストの紙切れが挟まっていました。リストの日付は1999年8月26日でずいぶんと古く、ずっと挟まっていたところを考えると、その日から借り出されていなかったのか、それともリストの紙切れを栞のごとく挟んだまま、借り出しが繰り返されていたのでしょう。リストには『ためらい』、『ギンズバーグ詩集』、『突然訪れた天使の日』(当時、私が借りたブローディガンの詩集)『犬の人生』、『穴掘り公爵』の5冊の本が印刷されていました。
外国の詩集が2冊も入っていて、その他の本のタイトルもシュールで面白そうです。見ず知らずのそのお方(なんとはなしに素敵な男性を想像していましたが)のセンスのよさに、あのときはふらふらと恋をしそうになりました。

図書館の本だけではなく、古本にも同じような出来事がありました。
中原中也の詩集『汚れつちまつた悲しみに……』の文庫を買い求めたところ、あるとき表紙を開いたその裏に小さい紙切れが貼ってあることに気がつきました。何だろうと見ると「私本閲読許可証」と印刷された文字の下に、呼称番号とあって数字が書かれ、「川越少刑」とありました。すぐさま、この本は少年刑務所の少年が読んでいたものなのだ、とわかりました。中也の、しかも『汚れつちまつた悲しみに……』というタイトルの詩集を、刑務所の少年がひとり背をまるめて読んでいたのかと想像すると、心にしんしんとくるものがありました。

図書館でも古本屋でも、人から人へと手渡されていく本のなかにこういう偶然がまぎれていると、ささやかだけれど読む人のドラマがちょっと見え隠れして、なんだか本を通じて人と人の絆というか、温かいつながりみたいなものをふっと思い出されて、顔がほころんでしまいます。

きっと本はすべて、万人受けを目指しているわけではなくて、ある特定の周波をそれぞれ放っていて、それに感応する人々だけを引き寄せ、招き入れているのかもしれません。
『雨の日の手紙』を読みすすめていて、「この本にしてこの読者」というような合点の行き方をもみじの方に感じて、喜ばしく思いました。

そう、本は自然と同じなのです。
気持ちが塞いでいたり、逆にものすごくゆったりとしていたり、そういう時ふと、空の蒼さが目に染みて、今まで自分を取り囲んでいたいつもの自然が生き生きと色冴えて見えてくることがあります。自然はいつも生命の周波を人に向かって発しているのに、気づかなければそこにあってもないのと同じで、気づいた者だけに自然はうっとりとした美しい表情を見せるのです。

本も読む人を、もっと言うと、読む人がベストな心持ちになれるまでを、静かに棚の中で特定の周波を発しながら根気よく待っているのではないでしょうか。
それを強く感じるのは、長田弘さんの詩や随筆集を手にするときです。
長田さんの詩や随筆は、静物画のような深遠な沈黙を湛えています。その本のなかには文字と清らかな余白とでできあがった静かな森が広がっていて、その森はとても美しく、ひっそりと生命の息吹に満ちあふれて、永遠の時を孕んでいます。でもそれゆえに尊く、その森へ一歩踏み出すためには、こちら側にこころの準備が必要です。

長田さんのあの沈黙を私の心の耳が受けとれる状態にしていないと、文字の書かれた紙切れをただぺらぺらと捲っているだけになってしまいます。それがどれほど勿体ないことかがよくわかっているので、長田さんの詩集や随筆集に指をかけたとき、まずは静かに自問するのです。
「いま、あなたはだいじょうぶなの?」
周囲の状況というよりも、どこか自分の内面にわさわさとして落ち着きがないとき、なにか心の水面が小さく波立っているようなときは、読みたい気持ちはあっても読みません。そっと、本を戻します。すると、再び本も静かに待っていてくれようとするのです。
でも、いったん森のなかに入れば、いつでも私は木々の間をすり抜ける透明な風になれます。独りという時間がこのうえなく豊かで滋味深く、幸福で居心地のいいものと感じることができるのです。たった一冊の本を手に持って、そこに座っているだけなのに。
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by zuzumiya | 2010-09-19 08:49 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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