鼻歌の流れてくる絵

a0158124_9475542.jpg鼻歌が好きだ。自分で歌うのもいいが、人の鼻歌を聞くのが好きなのだ。なんだかしあわせな気分になる。昔、保母時代の先輩の中に、よく鼻歌を歌う先生がいた。その人は掃除や骨の折れる面倒な力仕事を上司から言いつけられると、必ず鼻歌を歌った。私を含めていっしょに仕事をやり遂げなければいけないメンバーが全員肩を落としているときに、彼女だけは、ふふーんと鼻歌を歌って「はやく片づけちゃいましょ」と明るくふるまっていた。

何度か彼女のクラスに手伝いに行ったことがあったが、不思議に保育中は鼻歌を歌っていない。保育中こそ、鼻歌を歌えばいい先生なのにと思ったが、どうも彼女は辛いときに鼻歌を歌ってなんとかやりすごすタイプらしかった。しかし、彼女の鼻歌癖は一緒に働く私にとってはありがたいものだった。どどーんと落ち込みそうになるのを彼女の鼻歌がいつでも救ってくれた。それ以来、私は人の鼻歌に気づくことが多く、鼻歌は歌うものではなく、聞くものになった。

山本容子さんという女優のように美しい銅版画家がいる。
山本さんは、鼻歌が好きらしい。鼻歌をなにげに歌い出して歌詞を忘れて歌えなくなるのが嫌でお風呂場のタイルに歌詞を貼って、入浴のたびに繰り返し歌って鼻歌をマスターするのだという。たかが鼻歌に、なんとも律儀な人である。しかし、その話を知ってから、山本さんの作品をあらためて見たら、なるほどなあと思った。山本さんの鼻歌好きなところも、鼻歌を完璧に覚えるために日々お風呂で努力しているところも、作品には如実に出ているのである。

私は山本容子さんの作品が大好きだ。
私の親友も好きなので一緒に展覧会に行き「買うとしたら、私はこの絵だな」とふたりで言い合って喜ぶのである。ふたりとも貧乏なのでせいぜい作品集かポストカードしか買えないのだが、それでも独身の親友は作品集を四冊も持っているし、私はポストカードと絵本とエッセイ集を持っている。親友は毎年暮れになると山本さんの卓上カレンダーを送ってきてくれる。

a0158124_9294412.jpg最初に山本さんの作品に心奪われたのはよしもとばななさんの『TUGUMI』の装丁だった。こういう人は結構多いのではないか。私は本を読むときは必ず読みやすいようにカバーをはずしてしまい、読み終わる頃にはカバーはどこへやら、という人なのだが、さすがに『TUGUMI』だけは取り外さなかった。一度カバーをはずして広げ、一枚の絵として鑑賞したのち、きちんと本にかけなおした。とても綺麗な花と鳥の絵の装丁だった。こういう装丁の本なら、背表紙ではなく表紙を見せて画集のように「飾っておきたい」と思ったものだった。本の中身と装丁のどちらもすばらしいという本は『TUGUMI』以来残念ながらあまりお目にかかっていない。

山本さんの作品を見ていると、何かこう、心が軽やかになってくる。
人間達ははっきりいって不格好(頭が大きいが足はすぼまっている)だし、漫画のようなラフな動きをしていることもあるし、みっちり描き込まれた表情に対して手足の線は妙にシンプルすぎたりもする。そういうアンバランスさがこのうえなく愛らしくて、チャーミングで、ほのぼのとして、ユーモラスな温かみを生んでいる。植物やら魚、山本さんが愛して止まない飼い犬(ルーカス!)やらが描き込まれているものも多く、色合いともども画面がにぎやかで、ふくよかで、生き生きといのちに満ちて楽しかったりする。いうなれば鼻歌が流れてくるような絵なのである。もちろん、静かで物憂げな絵もあるのだけれど、それでも描かれている人々(アンバランスな人々)の中には血が通っているというか、どうしようもない人間っぽさがあって暗く冷え冷えとはしていない。

しかし、山本さんが仕事をしながら鼻歌を歌っているとは絶対思えない。
なぜなら山本さんは下絵を描かずに、いきなり銅板にニードルで描いていくという厳しい作家だから。頭の中で出来上がった絵を一回裏返して、裏返した絵を睨みながら銅版にニードルで描いていくらしい。その神経の集中さといったら並大抵のものではないだろう。とてもとても鼻歌なんて歌っていられないだろうと思う。それではいつ、山本さんの絵にこんなにも鼻歌が入り込む隙があるのだろうと考えると、山本さんが絵を「記憶で描く」作家だということと関係がありそうだ。

a0158124_9553684.jpg私は山本さんの自伝的絵本『おこちゃん』を持っている。『おこちゃん』の世界があまりにも好きで絵本の本棚の上にページをひろげて飾ったこともある。「ぞ〜さん、ぞ〜さん」のふしに合わせて「おこちゃん、おこちゃん、びっくりするのがすきなのね。そうよ、じいちゃんもばあちゃんもびっくりするのがすきなのよ」と始まるおこちゃんを取り巻く「びっくりひっくり」ワールド。

おこちゃんは好きなものがいっぱいで、キューピー人形やおまんじゅうや池の鯉にびっくりひっくり返り、お風呂であんまりにも気持ちいいからうんこをしちゃったり、台所まで砂糖を撒いて蟻の行列を引き入れちゃったり、いちじくの木に一面お漏らしパンツを干したり、桜貝を思わず飲んじゃったり、お母さんの真似をして下駄に釘を打ってハイヒールにして、家族中をびっくりひっくり返してしまう。

『おこちゃん』のこの奇想天外なあどけなさ、自由気ままでお茶目な弾けっぷりこそ、山本さんの原点であろう。これらの幼い頃の楽しくてにぎやかな「びっくりひっくり」の記憶が山本さんの絵から、鼻歌のような軽やかさと温かさを滲み出させているのではないかと私は思う。

童謡「赤い鳥」の、赤い鳥が赤いわけは赤い実を食べたからという歌詞のとおりに、おこちゃんは葉っぱを食べるきりんを緑色に塗ってしまったり、海がいろんな色に変わるからとピンクに塗ってしまったりする。あの山本さんの色彩の遊び心は『おこちゃん』時代から培われていたものなのかと思い、クスッと笑ってしまう。

そして今また不思議なことに気がつく。
考えてみれば、絵本『おこちゃん』そのものが「おこちゃん、おこちゃん」と全編「ぞうさん」の替え歌で、まるで鼻歌的にお話が流れているのだ。そして、なにかで読んだ記憶があるが、山本さんはおばあちゃまの影響で童謡をよく歌っていたはず。たしかレコーディングまでしたのではなかったか。幼い頃から歌に親しんでいた山本さんはやっぱり「鼻歌ごころ」を宿している作家なのだ。山本容子さんの絵を見るたびに、鼻歌が聞こえてくるような軽やかでしあわせな気分になる。鼻歌は聞くものから見るものになった。


*「おこちゃん」小学館 山本容子
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by zuzumiya | 2010-09-18 09:48 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)
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