永遠の静けさ

a0158124_950583.jpg夢のなかで何処だか知らない街にいるときがある。
夢とはいえ、結構リアルで、ちゃんとした普通の街並みなので、目覚めたときにあれはいったい何処だったんだろうと首を傾げる。
ひょっとしたら赤ん坊の頃、見ていた街の風景なのかと思ったり、もう少し大きくなった頃、祖父母や親戚と旅行で訪れたことのあるそれなのかと思ったり、映画やドラマで何気なく見ていたそれかもと思ったりもするが、わからない。
しまいには、前世の私が見ていた(暮らしていた)街の風景なのだろうかと思う。

市橋織江さんの『Gift』という写真集に巡り会った。
あとがきによると、市橋さんが2年をかけてひと月に一度、世界へ出かけて行って写真を撮ってきたものだという。世界というのはたとえば、アイスランドだったり、ベルギーだったり、バリ島だったり、セネガルやブラジルだったり。国内では京都や富士五湖や軽井沢だったりする。彼女はカメラを持ってそれらの国を旅したことを「その時そこにあった事実を、そのまま写真に写すということをただ続けていく為の小さな旅でした」と書いている。そうやって出来上がった彼女の最初の写真集がこの『Gift』である。

ページをめくると全体的にハイキーな白っぽい写真が現れる。
『うたたね』の川内倫子さんが登場した頃から、雑誌でも露出オーバー気味の、漂泊されたようなやけに白っぽい、やわらかい感じのする写真がお洒落な写真とされて、若者の間でもてはやされた時期があった。市橋さんも流行を司る広告や映像の世界で仕事をされている人だけれど、でも、『Gift』のなかの写真はそういう流行の流れとは違うところにちゃんと存在しているように思う。それはたぶん『Gift』というタイトルが物語っている。

市橋さんは人物は小さく、時には点のようにまで小さく、取り囲む空や海や樹々や自然の風景の方を圧倒的に大きく広く撮る。花畑も手前をぼかして、奥の、なるべく遠くの花のほうにピントを合わせて撮る。人物のアップも後方の窓からの自然光を当てて、髪の輪郭をやわらかく浮き立たせるように撮る。馬も山羊も羊もきりんも(なぜかちゃんと草食系の動物を選んでいる)生命の生気や活気というより瞳の奥に静かに湛えられた魂の純粋さの方を意識して撮る。テニスの試合に沸くスタンドの客、セネガルの日に灼けた原色の壁の家でさえ、どこかリアルな熱や埃や匂いから隔てて撮る。それらすべての写真がみな淡々として静かだ。

ではなぜ、そんなふうな白く淡い写真に仕上げたのだろう。
風景を白っぽく飛ばすことで、もしかしたら、より「永遠」を手に入れたかったのではないかと思う。リアルに一枚薄いベールがかかることで、風景はもはや限定された「此処」ではなく、あやふやで不確かな、遠くにある「何処か」になる。物も人もはっきりとした存在感の輪郭も時も刻まなくなる。生からも死からもやんわり隔たった、永遠に中庸な、時に置いていかれたような平穏さ、静けさを写真は湛え始める。

市橋さんは「その時そこにあった事実を、そのまま写真に写す」と書いていた。
でもそれは、いわゆるリアルとは違うのだろう。彼女の心のフィルターを通した彼女の思念のなかのリアルなのだと思う。考えてみれば、私たちの見ているこの世界だって、すべての人が同じというわけではないのだろう。見えている風景はいつだって見る人の作る心象風景なのだと思う。

彼女は小さな旅のなかで、その限りある僅かな日々のなかで、出会えた風景や人々こそ、まさに天から自分に与えられた偶然の「Gift」だと思って写真に収めていったと思う。そして、それはより永遠性を持たなくてはならない。自分への「Gift」はこの旅が終わっても永遠に「Gift」であるために。

いつ見ても静けさに満ちて、安らかに息がつけるような、いつのまにか慈愛のまなざしで見つめていることができるような、そういう何ものにも左右されない、ただそこに淡々と在る終わらない永遠を写真に込めたかったのではないか。
だから、流行ではなく、ハイキーな淡いトーンで時と場所を縛るしがらみを飛ばし、ピントをより奥に、より遠くへ視線を誘うように合わせ、人物より街の全体や自然の風景を大きく捉えた引き絵のなかに神のような寛やかな視線を漂わせたのだろう。みな「Gift」の瞬間を永遠にしている。

写真家の撮る風景と人が、結局はその人の心のフィルターを通した心象風景を最大限に表しているにすぎないのなら、市橋織江という人の見つめた風景と人は『Gift』なのだ、という単純な、でも確かな結論に辿り着いて、心はしんとなる。そしてそれらの写真を文字通り「Gift」として、私たちにそっと手渡してくれた親切にも、しんとなる。

『Gift』の写真を見ていると、夢のなかで見たあの街は何処だったのだろう、という答えのない問いが浮かんでくる。もう一度行けるだろうかとぼんやり思うが、たぶん行けないなという気もする。今となっては、みんな淡く、時が止まったような静けさだけを懐かしく憶えている。


※市橋織江さんは映画『ホノカアボーイ』のムービーの撮影も担当されていたそうです。ハワイのゆるゆる感が気になっていたので今度見てみます。
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by zuzumiya | 2010-09-12 09:55 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)
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