暮らしのまなざし

記憶の路地

a0158124_9405489.jpg小さい頃、探検ごっこと称して、友だちと一緒によその家の庭に無断で入って、ささっと横切ったり、家と家との間にある低いブロック塀によじ上って歩いてみたり、両側の家の人しか使わない私道のような狭い路地をこっそり抜けたりした。いま考えてみれば、まるで野良猫の散歩だが、当時は他人の家の敷地に入るなど子供心にいけないことだとちゃんとわかっていて、だからこそ秘密の悪事で、ものすごくわくわくした。
ああいうことの何がそんなにわくわくさせたのかといえば、たぶん、人の暮らしの気配というか生活臭というか、リアルな生っぽさをひそかに感じたり、こっそり垣間見たりすることが好きだったんじゃないかと思う。

今でも覚えている。
ところどころに亡霊のように染みのある日陰のブロック塀。
薄暗くズック靴がぬるっと滑るほど苔むした黒土の路地。
駆け抜けるときにふわっと感じた干したばかりの洗濯物の洗剤の匂い。
部屋から洩れ聞こえてくるテレビの音。
他人の庭にひっそり咲いているどこかよそよそしい花。
割れた瓦で敷き詰められた赤茶の小道。
台所やトイレの小窓から流れてくるそれぞれの家の匂いや人の温気。
誰かに見つかったら怒られると半分はどきどきしながらも、小学生の私はそういう人々の暮らしのささやかなものを身近に感じて、妙に心和んでいた。だから、私のなかの人恋しさの源と言ってもいいのかもしれない。

この本には日本のいたるところの路地が写っている。
西日のあたったブロック塀がのんびり続く路地。
鼠色に連なる瓦屋根が見下ろせる石の階段。
踏切のない線路をわたって民家まで続く小さな小道。
板塀と板塀の隙間の向こうに蒼く暮れなずむ海が見える路地。
スナックや飲み屋の古ぼけた看板で空が埋まった時代遅れの閑散とした路地。
先がカーブしていて見えなくなっている小道。
雑草の生えたでこぼこのアスファルトに電信柱の影だけが長く伸びている真昼の路地。

子供の頃にこっそり抜けた、道とも言えない家と家とのただの隙間のような薄暗い路地がいくつかあって、思わず見入ってしまった。
どのページにも、そこに行ったことがあるような、立ったことがあるような既視感がある。そのくせ、狭い路地の抜けた先がどうなっているのかは知らなくて、猛烈に知りたくなって、想像のなかで私は足を一歩踏み出す。路地の途中で立ち止まり、空気のしっとりした質感もあたりの貧相な匂いも人やテレビの音も、みんななじみのあるものばかりだと安心する。

写真をじっと見つめていると、想像のなかで空気が動き出して、なにかが始まってしまう路地もあった。私はカメラの位置、路地のこちら側の低いブロック塀にもたれかかっている。目の前は染みのあるブロック塀の段々に沿ってゆるい下り坂になっていて、遠い昔あった木の電信柱が頼りなげに斜めに立っている。世界はブロック塀と曇天とひび割れたアスファルトに支配されて、白黒写真のように硬質で味気ない。
見つめていると、頭にネッカチーフを巻いた若い女がへべれけに酔っぱらって、男の肩にもたれかかりながら坂道を転がるように歩いてくる。木の電信柱のところで突然男に顔を押しつけ、接吻する。男がいいかげん突き放そうとすると、女は両腕を振り上げて男の胸にこぶしをたたきつける。女が去ろうとすると、今度は男がその腕をぐいと引きよせ、腰を抱き、熱く長い接吻をする。女の頭からネッカチーフがするりとほどけ落ちる。そんな昭和の映画のワンシーンのような光景をひとり立って眺めている。

写真集を捲りながら、私はいくつもの路地の入り口に立ち、こちらと向こうをつなぐ湿気た匂いのする路地の薄暗闇にそそられ、幾度も静かに歩み入った。雨に濡れた小さな石段を上っては下り、錆びたトタンにもたれかかって陽を浴びて時を忘れた。路地の向こうの明るい世界に照らされたハイトーンの私の横顔は、境という境を越えて猫の子のように探検していたあの頃の、好奇心まるだしの笑顔だ。
どれもこれも、実際に行きたければ行くことのできるこの日本の路地なのだけど、それでも、もうどこにもないような、もうそこへは戻れないような、そんな気にさせる記憶の路地なのである。


*「路地〜Wandering Back Alleys」中里和人/撮影、 清流出版。
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by zuzumiya | 2010-09-11 09:41 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(2)
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Commented by igu-kun at 2010-09-13 00:33
中里和人さんのこの写真集
路地を撮るときのお手本のひとつです。
東京にも、かたちとしての路地は結構残されていますが
そこに漂う生活感や人間くささは急速に失われつつあるような気がします。
Commented by zuzumiya at 2010-09-13 10:08
やっぱりigu-kunさんも中里さんの『路地』が好きなのですね。
でも、igu-kunさんの写真にも路地がもうたっくさん出てきますが、見ているこちらには生活感、人間臭さは漂ってきますよ。写真のなかにigu-kunさんの「そうあってほしい」という想いも入り込むんだと思うし、なるべくそういう懐かしい路地を撮っているのでしょうけど。暑いですけど頑張って街を撮ってきてください。遊びに行きます。

ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?
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