『すーちゃん』にある向上心のトリック

a0158124_6465720.jpg益田ミリの『すーちゃん』シリーズを図書館に予約したら、電話がかかってきて「漫画なのでダメです」と断られた。バカだねー。『すーちゃん』の中身をちゃんと読んだら、そんな「漫画だから」なんて薄っぺらな答え方できないのになあ。
そうこうしてるうちに幻冬舎の文庫で『すーちゃん』と『結婚しなくていいですか すーちゃんの明日』が出てくれた。財布にはそのとき千円しかなかったけど、もう図書館で借りられないんだから、すぐさま買った。

私は『ほしいものはなんですか?』以来、益田ミリの大ファンだ。ほんとはこの手の軽めの本(コミックエッセイみたいなジャンル?)は好きじゃなかったはずなんだけど、益田ミリだけは違う。この人は偉い。哲学者じみてる。

たぶん、考えてるテーマはいつでも深くて、ちょっとやそっとじゃ答えが出なくて、でも、そういうのを私たちは結構、日常でも普通に、ささいなきっかけでふと考えてるんだけど、ほとんどは忘れちゃう。そういうテーマは文章にしたら、どうやっても暗いか重いか、それから妙にお利口の啓蒙口調になって上滑りになっちゃうから、うまい具合にミリさんが絵にしてくれてありがたいと思う。ミリさんってエッセイも書いてるんだから、ほんとは文章にも抵抗ないんだもんね。(今度読む)
たしかにミリさんの作戦は功を奏している。『すーちゃん』のさらりすとんとした線画の絵は間口が広い。でもね、ミリさんの凄いとこはそのさらりの絵に置かれたト書き。

「人って変われるの? 
 人は変わることができる? 
 などとずっと考えて生きてきた気がする」

すーちゃんがセルフうどん食べてる絵にこれだもの。
実は内容は軽くないの、絵ほどには。

30代独身のすーちゃんは職場のカフェのマネージャーに片思いしながら、一人の時は「いい人ってどんな人?」「わたしがなりたい人ってどういう人?」「いい人になるにはどうしたらいいんだろう?」と「いい人の呪縛にからめとられた自分探し」に励んでる。すーちゃんは根が真面目だから、日記までつけて頭の中を整理しようとする。
雑誌の『クウネル』に載っている「正しい人々」に憧れて玄米を買って食べちゃうし、ひそかに恋愛攻略本も買ってくる。
友達のまいちゃんはやっぱり30代の独身、頭も良くて美人の営業ウーマン。でも不倫をしている自分がやっぱり許せない。
このふたりが恋と仕事に悶々として疲れる日々のなかで、「変わりたいと思ってる自分」と向き合いながら、自分でそういう自分とどう折り合いをつけていくか、そのうねうねの迷いや、時にあっけらかんとした健やかな諦めや、ちゃんとした辛抱強さが実に正直に丁寧に描かれていて、いちいち面白い。

でもね、ミリさんのト書きや台詞にはいつでも「あなたはどう思う?」が含まれているから、その質問が結構、怖かったりもする。

「ポジティブ、ポジティブってもううんざり。ポジティブって正解なわけ?」

まいちゃんにそう投げつけられて、あなたなら何て答えます? 
すーちゃんの

「いい人なんかより美人のほうがお得だと思ってしまうのは正しい考えではないの?」

はどうでしょう? 
結婚して子育てして45歳になろうとしている、一応人生経験豊富な大人の私は、いつでもこういう質問にちゃんと説得力ある素晴らしい答えができるのかなと、ちょっとドキドキする。このドキドキがミリさんの本の魅力で病みつきになるところでもある。
30代をなんとか乗り越えてきた40代の女性ならきっとそれなりに自分なりの答えを持てていることでしょうから、ドリルのように解いてね、なんてね。
でも「自分はちゃんと答えられるんだろうか、人生、生きてみてわかったような瞬間もあったが、ほんとか?」って、自問自答しながら読み進められるのが益田ミリの文芸作品にも負けない凄いところなんだ。

時には30代のすーちゃんやまいちゃんに、人生のでこぼこを通過した先輩としてはっきりと「結婚なんてさ、こんなもんだよ」と突っ込むこともできるけれど、年下なのに「ふーん、そうか」と教えられることもあるから、『すーちゃん』シリーズはうかうかできない。だって、

「自分の気持ちが見えてないときに、迷ってることを人に相談しない。
 自分の答えが薄まってしまう。自分で迷って考える。そうやってきたから」

「おしゃべりをして気を晴らすのは早い。傷ついているあたしを軽く扱ってはダメ。
 今はあたしをそっとしておこう」

なんて、結構しっかりしてるんだよね、30代でもすーちゃんは。
最近の私は「大人なんだから」にちょっと疑問を持ちはじめている。年齢的には大人になったけれど、昔思っていた「憧れの大人」に自分がなれていない気がする。「憧れの大人」はもしかしたら80代ぐらいのことかも、と思う時もある。
若いというだけで「なあ〜んも知らんくせに」と見くびるのはもうやめようと思う。この心理の裏には、肉体的な若さへのどうしようもない負け意識があるもん。年齢は関係ないのだ、やっぱり。そういうことも『すーちゃん』からあらためて教わる。

はてさて、すーちゃんやまいちゃんを悩ませるのは人間の「向上心」ってやつだ。
「もっといい人になりたい」「違う自分に変わりたい」と願うのは、とっても疲れるけれど、きっかけとして私はいいことだと思ってる。最近のエッセイの主流はストレスを怖れすぎて「いい人を目指すのをやめなさい」ばっかりだけど。

でもね、この『すーちゃん』をはじめ益田ミリの作品はどれも読むと、人間は向上心のおかげで堂々巡りの貴重な時間が貰えてるんだよな、って思う。
そして堂々巡りという手間ひまかけながら、わけわかんなくなるまで考えたり悩んだりして、でも、結局は「こういう自分もアリか」「こういう自分だって悪くないじゃん」って、変わる必要のない、現状肯定させるところへうまく落ち着かせてくれるんだと思う。そして、なんだかんだ言っても現状の自分を肯定できることこそがいちばんの幸せなんだと私は思う。向上心にはこういうからくり、トリックがあったのかって、はっとする。

迷いの行き着く先が諦め色の濃い「まいっか」な場合ももちろん多いけど、そうじゃない場合もたしかにあって、堂々巡りのようでも少しずつすーちゃんのように「こうなんじゃないか」「こうかも」って少しは気の利いた言葉で説明がついたり、納得がいく場合もある。でもよくよく考えてみたら「まいっか」の場合も言葉で納得できた場合も「こういう私でいいじゃん」っていう自分を好きな根本は一緒で、どちらもちょっとだけ晴れ晴れできていたりする。
だから、向上心ってやつはやっぱり抱いた方がいいんだと思う。
「上へ向かって行くんだぜ」の過程で、結局は思いっきり堂々巡りになっても、おそらく凡人のその先は現状の自分の肯定しか見い出せないものだとしても、でも「これでいいんだ」っていう強さや勇気こそ、ほんとはいちばん欲しくて、それがあれば何とか日々やっていけるもんなんだから。
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by zuzumiya | 2010-09-07 06:48 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)
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