指のエロス

a0158124_1034427.jpg武田泰淳の妻、武田百合子の随筆を読み返している。
『ことばの食卓』という随筆集のなかに「枇杷」というごくごく短い作品がある。そのなかで、百合子さんはなぜか、泰淳の枇杷をつまむときの、鎌首を立てたような少し震える指や食べて飲み込む顔の有様だけを淡々と書いている。そして、亡き夫の手を「皺ぶかくニス色をした手の甲が柔らかくて、白い掌や指先が湿っていて、ゴムみたい。黒ん坊みたい。吸盤があるみたいと、私はいつも思っていました」と思い出す。さいごに「ひょっとしたらあのとき、枇杷を食べていたのだけれど、あの人の指と手も食べてしまったのかな。そんな気がしてきます」と書く。夫の手や指に視線も思い出も吸い寄せられて、それゆえにほのかに漂う夫婦のエロスが何とも印象的な作品だ。

40を過ぎても爪を噛む癖の直らないわたしは、マニキュアも指輪もつけていず、いつでも小学生のような先の丸い指をしているが、男の手には興味がある。じぶんの手は隠してもついじっと見つめてしまう。そういう女は多いと聞くが、あれはきっと無意識に、その手にいつかじぶんの皮膚が掴まれることを想像しては品定めをしているのじゃないか。
若い頃はとにかく長い指の男が好きだった。好きになって、それからそっと確認する男の手は、やっぱりそうだったか、とほくそ笑むほど男の容姿と合っていた。
長い指といっても、女の繊細な指のようじゃ物足りなくて、やっぱり皮膚は強く厚く、骨もごつごつして、動けば筋や血管がみしりと浮き立つような、そういう男の手が好みだった。里芋の連なったようなずんぐりむっくりの野卑な指だけは御免で、強いて言えば指先まで苦悩の血を廻らせた画家の指、ロマンティックに書けばそういう感じだろう。でも、それはあくまで理想。我が夫がどういう指か、あれあれ、もはや憶えていない。

女は道ならぬ恋をしている。
男に頬を掴まれ、顎を乱暴に持ち上げられて、ふっと鼻を掠めたのは青蜜柑の香り。さっき食後にふたりで食べた青蜜柑の香りが、愛撫する男の冷たい四角い爪にしみ込んでいる。女はこの所帯じみた青蜜柑の香りをひそかに喜んだ。自分の指にも同じ香りがしているのを、ひそかに喜んだ。
女はひとり青蜜柑を剥く。荷物はすべて運び出されて、がらんどうの部屋を抜けていく秋風。その冷たさが青蜜柑の酸いを増す。去っていった男の四角い爪。そこに残った青蜜柑の香り。終わった恋、なかったことに決めた恋なのに、嗅覚は残酷にも忘れてくれない。

百合子さんの「枇杷」を読んでいて、ふとこんなシーンを思いついた。
実は俳句にしてみたのだが、出来上がってみれば、いつものようにいいのだか悪いのだかわからない。いってみれば句の背景として思いついたのだが、私はいつでもこうやって詠いたい内容が先に散文的に思い浮かんでしまうので、本当は俳句には向かないのかもしれない。
私は冬場の蜜柑より、秋の走りの青蜜柑の方がだんぜん好きだが、残念ながらこんな男女のエロスの世界からはまったくかけ離れた生活をしている。食後にひとり、二つ、三つぱくぱく食べたあとの丸い指先からは、どうやったってやっぱり、小学生の給食の後のような香りしかしないのである。
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by zuzumiya | 2010-09-04 10:38 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)
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