暮らしのまなざし

死ぬ演技

たしか向田さんのエッセイだったと思う。
ドラマのなかでさっきのシーンの続きが気になって話に身が入らない、というような話を昔読んだ気がするが、あれはほんとにそうだ。
たとえば。男は死んだ昔の恋人から貰っていた思い出の手紙をひとり燃やしている。そこへ彼にひそかに想いを寄せている女性が現れる。会話が始まる。会話しながらなぜか二人は歩き出して、手紙を燃やした場所から離れてしまう。見ている私は、
「おい、そんなことより、火消したのか」
と心配になる。恋する男女の含みのある会話なんかより、火の始末の方が気になってしょうがない。
しつこい追っ手から逃げていくスリルある場面で、穴の中に味方の縄梯子が垂れてくる。それを上りきって逃げて行こうとする主人公に向かって、
「ちょっ、ちょっと待て、梯子上げとけよ!」
と心のなかで叫んでいる。
こういうことはしょっちゅうで、細かい事を気にするタイプの私は、どうもドラマにおける「手紙は燃やされた。それ以降は深く追求しないでストーリーを追うこと」という暗黙の了解、お約束に乗っていけない。お話は作り事だけど、演出としてはリアルであってほしいと思ってしまう。だいいち、なんで、話しながら歩いてしまうんだ? 
ドラマや演劇のなかではよく役者がセリフをいいながら、ぽつぽつと歩き出したりするが、日常生活ではしゃべりながらその辺を歩き回るということはない。
「話の前にお願いだから座ってくれ」と言われてしまう。
電話のシーンだってそうだ。電話が確実に切れて、プープーいっているのに、受話器に向かって何度も
「もしもしっ!もしもしっ!」
ということもないだろう。
文章の世界では、よくある比喩や表現を「月並みだ」とか「手垢にまみれた」と言って、使わないようになんとか努力するものである。なのに、ドラマや演劇の世界ではいまだにああいうお決まりの演技がまかり通っているので呆れてしまう。私が女優になったら、ぜったいにやらないぞ、と思っている演技だ(って女優にはなれんけど)。
しかし、私が女優になれたとしていちばん苦労するのが、死ぬ演技だろうと思う。
泣く演技は悲しい事を考えたり、なにより役になりきって没入してしまえば、なんとなく泣けてくるような気がする。
しかし、死ぬ演技は大変だ。
最後にひとこと言って息を吸い込み、ガクリと力つきて死んだまではいい。問題はそのあとだ。まず、息はどうしたらいいのだろう?
やっぱり止めておくのだろうか。それとも被せられている布団が上下しないように、薄くかすかに呼吸しているのだろうか。ドラマによっては親族やら恋人やらが死んだ人に抱きついて激しく揺さぶったりする。死んだ人の胸に額をあてて、泣きじゃくる場合もある。そういうとき、カメラはずっと引きでまわっているわけだから気が抜けない。揺さぶられたり、重たい額を乗せられたりして、しっかり止めていたはずの息がもれ出てしまって、それでもさらに我慢して止めていたら次第に苦しくなって、死んだはずの人の顔がなぜか紅潮してくる、なんて事があったら大変だ。
胸にすがりつかれて号泣されているときに、恋人役の髪の毛が首元にあたり、くすぐったくてたまらなくなり、ムフムフ笑い出してしまう、なんてこともありえる。
気をつけて薄く息をしようと思うばかりに、小鼻がえらくふくらんで、死人らしからぬ威張った顔になっている、ということも考えられる。
なにより、死んだ直後はぜったいカメラが寄ってアップになっているので、ミスは許されない。テレビの前で見ているときだって、
「はやくシーンを切り替えてやらないと、息が、息が」
とこちらの方が息苦しくなってしまう。
ドラマの中でいちばん大事な、クライマックスの悲しい場面で、
「ミスるなよ、まぶたピクピクさせるな、あともうちょっとの辛抱だからな」
とひとり心のなかで念じている私は、やっぱりひどく損をしているような気になる。
こういう思いを見ている側にさせないように、演出家はカメラワークなり、演技指導なりをちゃんと考えてほしい。
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by zuzumiya | 2010-08-25 18:01 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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