病院にて

待合室で待ってると、スーツにぱりっとしたワイシャツを着た、いかにも仕事ができそうなやり手のサラリーマン風の父親が、幼稚園の年中さんぐらいだろうか、多動気味の男の子の後ろをにこやかに笑ってついてまわる姿を見かけた。
男の子がロビーに置いてある自動血圧測定器を触れば、しゃがんで腕を穴に通してやり、ボタンを押す真似をしてにこやかに説明してやり、男の子の興味がすぐに移って、今度は床に座り込んで靴を脱ごうとすれば、またしゃがんで話しかけて靴のベルトをとめ直してやり、たたたんと走って行けばまたその後を微笑みながらゆっくりついて行く。
今日は奥さんに用事があるのか仕事なのか、旦那さんの方が仕事を遅刻して朝から息子を病院に連れてきているのだろう。
そんな親子の姿を見てたら、なんだか鼻の奥がつんとして涙が出そうになった。
普通に、あくまで平凡に、結婚してまわりのみんなと同じように子供を持つということが、あの男性にとっては予想だにしなかった不幸を連れてきたのだろうなって思った。
ただでさえ、子育ては大変だ。子供は時に「親のすべてを奪って大きくなる」と思えるほどだ。きっと障害を持つ子の子育てはもっとずっとさらに大変で、親の体力も気力もうんと絞り取られていく日々だろう。
「普通であること」「みんなとうまくやっていけること」「まわりの大勢の人の思考や行いや様式に別段、苦もなく合わせられること、外れていないこと」
普通であることの、まずこのどうしようもない必然さ、執着が不幸を連れてくる。でも、
「ロボットじゃないんだから、みんな同じであるわけがないんだ」
「人はひとりひとり違うから出会えたり、互いに惹かれたりできるんだ」
「この子にしかないこの子の素晴らしさを見つけて、伸ばしてあげたらいいんだ」
普通への呪縛から解き放たれたとき、我が子が輝ける大切なひとつの命として、もう一度夫婦のもとに誕生するのだろう。
そしたらきっと、それこそ「普通」の子育てではささやかすぎて、当たり前すぎてサラリと行き過ぎてしまう成長の瞬間も見逃さず、驚きと喜びと感謝にかえて家族の日々を生きていけるのじゃないかと思う。
そしてそれもまた予想だにしなかった、深く沁み入る幸福なのだ。
あのサラリーマンの父親がゆったりとした歩みと絶え間ない微笑みを勝ち得た裏には、わたしの想像を超えた夫婦の涙と苦悩と葛藤と、そしてまた同じぐらいの喜びと思いやりと感謝の愛の歴史があるのだろう。
それを思うと人間の絆のいとおしさに、胸が熱くなった。
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by zuzumiya | 2010-08-25 17:59 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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