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涙のポイント

「おはよう。早いねえ」
「おはよう。今朝もゲゲで泣いちゃったよ」

ここのところ、土曜の朝はこんな会話で始まる。ゲゲとは「ゲゲゲの女房」の略である。
仕事を辞めてから、朝の時間にせき立てられなくなったので、毎朝、NHKの連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」を見ている。
やはりNHKだったと思うが、ドラマがこれから始まる宣伝のために、水木しげるさん布枝さん夫婦にインタヴューした特集番組を見た。
その時の水木しげるさんの話し方が良かった。老人だからスローモーなのだけれど、時々何か強調する際に片目をきゅっとつぶったりして、とても表情豊かで、おじいさんなのにえらく可愛らしかった。話す内容も気取りはなく、ユーモアにあふれて、且つ含蓄があった。
隣で夫の水木さんに言いたいように言わせてみて、あまりにハメを外した発言があると、布枝さんが笑って水木さんの膝を叩いて、「○○でしょう?」とやんわり嗜める感じが、実に自然な感じでほのぼのとしていて楽しかった。
いい夫婦だなあと思った。見ている誰しもがきっと「こんなふうに仲良く年をとれたらいいなあ」と羨ましく思うような、穏やかで和やかな空気があった。
それで水木さん夫婦がいっぺんに好きになったので、初めて連続テレビ小説なるものを見始めることにしたのだ。
それともうひとつ、見てみようと思った理由がある。『ゲゲゲの女房』は奥様である布枝さんが書いた夫婦のエッセイで、水木さんは昔は売れない漫画家で、二人は実に貧乏だった。その設定が私の書いた『夫婦いとしい時間』と相通じるところがって、いや、もちろん、向こうは押しも押されぬ大漫画家として成功していくのだが、何だか同じ「フリーランスの夫を持った夫婦の苦労話」として見ておきたくなったのだ。

「ゲゲゲを見てると、あなたのフリーの頃を思い出すから」

そう言ってからだと思う。夫も興味を持ったらしく、土曜日だというのに、朝9時半に間に合うように起きてくる。9時半からはNHKの衛生第2放送で、さっき終わったばかりの今朝の放送分までの今週6日分の話を一挙に再放送で見ることができる。

「年をとると、不思議に大河と連続テレビ小説にはまるもんだねえ」
「ほんとよねえ。若い頃は『絶対、こうはなるまい』って意気込んでたけど」

夫が再放送を見ている間、私はそばで新聞を広げている。
読んではいるが、テレビの音もちゃんと耳に入っている。ドラマの筋がわかっているから、「もうすぐ泣きの場面がくるな」と思っていると、ややあって決め手になる台詞が飛び込んでくる。せつない音楽の効果もあって、新聞の字がじんわりと滲んでくる。
夫はというと、横顔のまま画面を微動だにしないで見つめているが、耐えられなくなったのか、そっとティッシュを一枚引き抜いた。
「やっぱり、泣いちゃったか」と思う。
思いながら、同じところで泣いている夫にやさしい気持ちになる。なぜなら、そこで泣いたということは、二人の生きてきた人生のなかで、たぶんいま、同じようなことを思い出しているにちがいないから。
その先も、次の回も、私と同じところで夫は目頭をティッシュで押さえた。

「年をとると、涙腺がやたらゆるんで困るねえ」

そんな冗談を言わないと、二人とも鼻水を堂々と音をたてて啜れないからだった。
窓際の机では娘がパソコンをやりながら、さっきからこちらに聞き耳を立てている。

今週はふみえ(布枝さん役)の
「うちの人はほんものの漫画家ですけん。夫婦だからいちばんよくわかってます」
の切々たる台詞がよかった。しげるさんの
「お互い苦戦を強いられますな。まあ、大らかにやっとりましょう」
も良かった。ふみえの父の
「夫婦が40年、50年と連れ添うなかではいい時も悪い時もある。いい時は誰でもうまくやれる。悪い時こそ、その人間の本質が問われるのだからな」
も良かった。それから何より、その後のふみえの
「おとうさん、私、貧乏だけど笑って暮らしとるよ」
の台詞は心にしみた。
再放送だから台詞はみんな知ってはいたが、まんまと2度とも泣かされてしまった。

「でも、水木しげるはいいよ。これから成功していくからなあ」

番組が終わって、夫が珈琲を啜って苦笑する。私だって世間様にとっては『夫婦いとしい時間』なんかより『ゲゲゲの女房』の方がドラマになるべきいい話だってわかっている。
でも、もう今さら、成功、不成功の話ではないように思う。一緒に生きてきた私たち夫婦の間にだって、水木さんのところに負けないくらい、濃い時間が流れている。
同じ気持ちで生きてきたからこそ、分かち合ってきたからこそ、私たちは涙するポイントが同じだったのではないか。
そんな言葉は気恥ずかしくて言えなかったが、長く連れ添っていれば、一緒にいまここに座っているだけで、なんとはなしに伝わっているようにも思う。

朝っぱらから二人とも感情を湯水のように使ってしまったので、午後は何もしても頭がまわらず、散歩がてら買い物に行こうと夫の部屋に誘いに行ったら、夫は本を伏せて昼寝をしていた。私もそれではと自分のベッドに寝転がって本を読み出したが、いつのまにか眠ってしまった。
4時すぎにそれぞれがのそのそ起き出して、のそのそと支度をして、夕飯の買い物に出かけた。年をとると泣いてはいけない。泣いたら眠ってしまって、一日がパアになる。

そんな私たち夫婦も来月の2日に、無事に結婚20年目を迎える。
by zuzumiya | 2010-08-25 17:42 | 日々のいろいろ | Comments(0)
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