暮らしのまなざし

せっこおばちゃんのナポリタン

スパゲティーのナポリタンを作るたび、ちょっとせつない気持ちになる。
私がはじめてそれを食べたのは、小学校のたしか、4年生頃だろうか、せっこおばちゃんの家だった。いとこたちと遊んで、そのまま夕ご飯をよばれることになって、おばちゃんが作ってくれたのがナポリタンだった。お皿に乗ってでてきた、オレンジ色の毛糸の束のようなスパゲティーには目を見張った。
私は今までスパゲティーといったら、おばあちゃんが半日ことことフライパンで煮つめたミートソースしか食べたことはなかった。これはおばあちゃんが若い頃、厚木のベースキャンプでベビーシッターをしていたときに、アメリカ人の奥さんから教えてもらったものだった。今思えば、大正生まれのおばあちゃんにしては、孫のためとはいえ、かなりモダンな食べ物を作ってくれていたのだが、子どもというのは残酷なもので、レストランや喫茶店のショーウインドーに飾ってあるけばけばしい「オレンジ色のスパゲティー」を是非とも食べてみたいとひそかに思っていたのだった。

せっこおばちゃんが作ったナポリタンも実にチープで簡単なものだった。
ウインナーに玉葱と人参、ピーマンをいためて、これでもかというほど、べっとりのケチャップで味付けしてあった。おばあちゃんのミートソースの方がずっと手が込んでいたし、お金もかかっているとわかっていても、このときは叔母ちゃんの作ってくれたナポリタンの方が数倍おいしそうに見えた。いとこたちと一緒に、リビングのテーブルに子どもだけでぺたんと座って、口のまわりから鼻の頭までオレンジ色のギトギトにして、ふざけ合ったり、笑い合ったりしながら食べた。おばちゃんは自分でモスグリーンに塗りかえた台所で煙草をふかして、それを満足そうに眺めていた。
「みーちゃん、おかわりする?」
「うん。すっごくおいしい」
いとこたちも私につられて小さな皿を差し出した。しばらくすると、左官屋だったゆきおじちゃんが日に焼けた顔で仕事から帰ってきた。
「ごめんね、今日はうけがよくて、これっきゃないのよ」
そう言っておばちゃんが傾けたフライパンには、わずかに子どもひとりぶん足らずの量しか残っていなかった。それでもゆきおじちゃんはビールを開けてもらって、上機嫌で子どもたちの席に割り込んできて、やっぱり口のまわりをオレンジ色のギトギトにして、せっこおばちゃんの作ったナポリタンにがっついていた。

と、ここまで思い出して胸が詰まる。
なぜなら、この家族はこの後、10年足らずで、バラバラになるからだ。せっこおばちゃんとゆきおじちゃんはあんなに仲がよかったのに、離婚した。遊びに行くたびに必ずどこかが模様替えされて、手をかけ、きれいになっていた家。おばちゃんがいつでもアメリカンポップスをステレオでかけ、家事をしながら鼻歌を歌っていた。泊まるときはいとこたちの二段ベッドの上に特別に寝かせてもらった。私のことを機嫌がいいと「みーちゃん」とあだなで呼んでくれた。
いつでも、どこの場合でもそうだが、家族のいちばんいいときにちょこっとお邪魔してその家族の良さというか、しあわせかげんを肌身で知っていると、離婚はほんとうにつらい。友人の夫婦の離婚もかなりこたえた。
あの、チープなあり合わせのナポリタンをみんなして笑いながら食べていたとき、たしかにしあわせだったのに、羨ましいくらいに「家族」だったのに、どうしてそれが続かなかったのかなあと、この年になっても、これだけ夫婦をやっても、まだ、ぼんやり考えてしまう。あったものがなくなってしまうことに、たまらなくせつなくなる。
たぶん、あの家族を思うとき、私は子どものままなのだろう。
[PR]



by zuzumiya | 2010-08-23 12:40 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://zuzumiya.exblog.jp/tb/11171193
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。

ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?
by zuzumiya
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

※このブログの無断な転載はご遠慮願います。

最新の記事

最新のコメント

検索

ブログジャンル

画像一覧