ベランダからの風景

洗濯物を干しに出ると、新しく建ったアパートの2階の端のわずかなベランダにはもう、布団が干してある。あそこはなんとなく若い人ばかりが住みだしたと思っていたが、あるとき、老人と若い人に両手をつり上げられてようやく階段を下りてきたよちよち歩きの赤ん坊を見たので、家族ものも住んでいるのだとわかった。
9階のこちらからは洗濯物の中身は見えないが、いつも天気がよければほほ毎回、きちんと布団が干されているので、あの端の部屋こそ、赤ん坊のいる家族の住んでいる部屋なのだと思う。
人の家の洗濯物や布団やらが干されている風景を見るのが好きだ。
なんとなく、ほっとする。あのおそらくは2DK程度の小さなアパートの部屋のなかに、赤ん坊がいて、教育テレビのパペットの声がして、朝のこの時間、若い母親は食事の後かたづけや部屋の掃除と、忙しく立ち働いて生活しているのだと思うと、なんとも心が和む。2階の端のわずかなベランダの、わざわざシーツを取り払った、何やら赤茶けた平凡な柄の布団に、明るく穏やかにちゃんと陽射しがさしているのを見ていると、しあわせというもの、愛というものの姿をいま自分は見ているのじゃないか、と思う。
あの布団に当たっている陽射しのように、あまりに平等で、ささやかで、普通なことなので、生活のただ中にいる人間にはなかなか気が付けない。
いや、ほんとうは、人はわからないようでいて実はわかっているのかもしれない。
わかっているからこそ毎日毎回、ああやって天気が良ければ布団を干すのかもしれない。
私があそこの母親を呼んできて、ここから「あれがあなたの家のベランダですよ。幸福そのものじゃありませんか」なんて言わなくても、彼女の芯はわかっているのかもしれない。
しあわせや愛は手をかえ品をかえ、あらゆる方法で、するりとしんなり、生活に入り込んで、生活そのものになっているのかもしれない。そして、うまい具合に習慣化している、普通になっている。別段、彼女は愛をことさら意識して布団を干したわけじゃないし、陽射しが翳り出せばそのまま担いで取り込むだけだ。私が見ているこの貴重なしあわせと愛がそうやって、あの部屋の中に今日もすんなり、いとも簡単に、取り込まれていく。
その不思議。そのあまりに自然な有り様。
なんだろう。しあわせやら愛やらの秘密に触れた気がした。
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by zuzumiya | 2010-08-23 12:24 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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