しらちゃんとたまごパン

昔、子供たちがまだ小学生の頃、休日の朝によくせがまれて、「たまごパン」を作った。「たまごパン」というのは単にフレンチトーストのことだが、私が小さい頃、学校がまだ土曜の半ドンであったときに、昼食によく祖母が作ってくれたもので、祖母がそう呼んでいたのだった。
最近は、息子も独立して家にいないし、娘もダイエットばかり気にしているから、朝からこの「たまごパン」を作ることはなくなった。でも、娘のお弁当で卵焼きを作るとき、砂糖を加えた卵を箸でかき混ぜていると、ふと「たまごパン」を思い出す。

昔、千葉にいた頃は新築のマンションで部屋も広かったから、小学生の息子の友達をよく泊めてやった。なかでも、しらちゃんのことはよく憶えている。
しらちゃんの両親は別れたのだったか、お母さんが早くに亡くなったのか、忘れてしまったが、しらちゃんは父方の祖父母と父親と4人で暮らしていた。
お父さんは相当のガンマニアで、大小さまざまなモデルガンが部屋いっぱいに並んでいると、しらちゃんは自慢げに教えてくれた。
「いいじゃない、それで遊んでくれるんでしょう?」
と訊くと、
「ぜ〜んぜん。触るとものすごく怒る」
しらちゃんは口をとんがらせた。

しらちゃんが自分とよく似た境遇で、おばあちゃん子だったせいもあって、私はしらちゃんには格別甘かった。
しらちゃんのわがままだけは聞いてやりたいような、そして、泊めてやっておばあちゃんを少しでも楽させてやりたいような気になって、いつだったか、しらちゃんを3泊も連泊させたことがあった。
おばあちゃんなので、他の奥さんとの型通りの「すみません」「いいえ」の電話口での余計な挨拶もいらなかった。それも気が楽だった。

夫もしらちゃんの境遇を聞いて、何か感じるものがあったのかもしれないが、あの時はいくらフリーで家にいるとはいえ、ずいぶんとよく遊んでやった気がする。
普通は食卓で人生ゲームやオセロや、トランプにウノぐらいしか遊んでやらないのに、あの連泊の日々は、しらちゃんと夫のチームで風船でバレーボールをしたり、スポンジボールでバスケットをしたり、食卓を真ん中に持ち出して即席の卓球をしたり、かなり体力を使った憶えがある。
和室の壁にシーツを貼って、巨大スクリーンにして、イルカの映画を見せてやったのもしらちゃんだった気がする。

今、思い出すと、あの時も今も、ふと
「しらちゃんはちゃんと楽しかったんだろうか」
と思う。そして、あの時も今も
「3泊もしていったんだから、きっと楽しかったんだよな」
と自分に言い聞かせる。

こんなことを考えるのは、高校時代に泊まった友人の家での思い出が引っかかっているからだ。高校の時、友人の家に泊まりに行ったら、その友人が私の見ている前でも、母親の首に両手を回して「ママ〜」と甘えるので、びっくりした憶えがある。母親のいなかった私はびっくりしながら、照れながら、同時にひどく羨ましかった。

家族の仲良くしている姿は、それがいつもの当たり前の姿で、何ら意識などしていない仕草や雰囲気なゆえに、見ているこちらには、結構、突き刺さるものがある。
単に、私の性格がひん曲がっていたのだろうが、小学生のときなど、遊びに行った家で出された麦茶が甘かっただけで、母親のやさしさみたいなものを強烈に感じて、泣きたくなったりしたものだった。
そういう私だったから、しらちゃんをめいっぱい歓迎したい気持ちがあるのだけれど、家族4人であんまり仲のいいところを見せつけて、しらちゃんを知らず知らずのうちに傷つけてやしないかと心配する気持ちもあった。
敏感な子供には、どこでどう地雷を踏むかわからない。

3泊もしていたから、朝のメニューに困ったのだと思う。
最後の朝に、卵があって簡単に済んで、子供うけもいい「たまごパン」を作った。
食パンを4つに切ったのを卵に浸しては焼き、何枚も何枚も大皿にのせてやった。
「これ、何て言うの?」
「たまごパンだよ、おいしいよ」
世話焼きの娘がしらちゃんに教えてやった。
子供たちは喜んで食べていた。

食べ終わった皿を台所の私に返しに来たとき、しらちゃんが
「おばちゃん、たまごパンの作り方教えてくれる?」
と訊いてきた。
「え? いいよ。おばあちゃんに作ってもらうのね」
「ちがう、たぶん、オレが作れると思うから」
「そうか。いいよ、じゃあ、電話のところのメモ帳とボールペン持って来て」
それから私は、小学生のしらちゃんが困らないように、箇条書きにして矢印を使って、できるだけわかりやすく手順を書いた。私の手元を見つめているしらちゃんに、
「しらちゃんは、コンロ使ったことがあるの?」
と訊くと、
「うん、インスタントラーメンなら、ばあちゃんに頼まなくても一人で作れる」
「そうか。えらいねえ、うちのつーくんはカップヌードルもひとりで作れないのに」
それから、念のため、しらちゃんを台所のコンロの前に連れて行って、火加減も教えた。
「砂糖を多く入れると、すぐこげちゃうから、気をつけるんだよ」
「ありがとう、おばちゃん」
「どういたしまして。頑張って挑戦してくれ」
しらちゃんは、笑ってメモをたたんで、半ズボンのポケットに押し込んだ。
それからくるりと振り返って、息子と娘の遊んでいる方へかけて行った。
あのまま、ズボンに入っているのを忘れちゃうんだろうな、そのまま洗濯されちゃってぼろぼろになっちゃうんだろな、とわかっても、いいやと思った。
一瞬でも、しらちゃんの役に立てたと思って、うれしかった。

夫のフリーの仕事が行き詰まって、息子が小学6年にあがる前に私達は千葉から引っ越した。部屋はぐんと狭くなって、息子が新しい学校で努力して作った新しい友達も、昔のように泊めてやることができなくなった。
息子と娘以外にフレンチトーストのことを「たまごパン」と呼ぶのを知っているのは、あの時のしらちゃんだけだ。
私達が引っ越したあと、しらちゃんもほどなくして大阪に引っ越したらしいと、いつだったか息子から聞いたことがある。
しらちゃんが一度でも私の教えた「たまごパン」を作ってくれたか、確かめる術はない。
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by zuzumiya | 2010-08-21 18:21 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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