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by zuzumiya
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ああ、隣人

五月の薫風が気持ちよい休日。
ベランダで洗濯物を干していると、隣の網戸があいてサンダルの音とともに男ヤモメの鼻歌が聞こえてきた。この天気に機嫌がいいのだろう、鼻歌はふんふんと響いて大きな声である。しかも、境の仕切り板のすぐそこで歌っている。板越しに今、男ヤモメと私は面と向きあっているのかと思うと、妙な緊張が走り、洗濯物を握りしめた。
何の歌を歌っているのかとしばらく聞き耳を立てていたら、いきなりがらがらと痰が絡みだし、男ヤモメは激しく咳き込み、サンダルをひきづるように早々と家の中に退散した。ほっとした。「調子に乗って歌なんぞ歌うから…」と苦笑した。
この男ヤモメ、実はマンションでも有名な変わり者である。
今までこのマンションに長年住んできたのに、ようやく今年になって初めて役員を引き受けたらしい。よくぞ住人がこれまで男のわがままを許していたと呆れてしまう。ここへ越してきたとき「お隣は変わり者だからねえ、挨拶に行っても出てこないでしょ」と同じ階の噂好きのおばさんに教えられた。そうなると人間、ばしっと色眼鏡がかかってしまうものである。
ある時、ベランダの方でじょろじょろと細く水の流れる音がするので、
「まさか、あの男、ベランダで用を足してるんじゃ」
とあわててベランダに出た。遠巻きに、洗濯物を柵に干しているそぶりでそうっと隣の様子を覗いたら、植木鉢の上には男の性器の先っぽならぬヤカンの先っぽが見えたから、単に植木に水をやっていたのだった。「なあんだ」と思い、ややがっかりもしたが、ウジがたかる男ヤモメのくせにどういうわけか花の植木鉢が置いてあるのには感心した。
ひとり者のオヤジがやかんで花の植木鉢に水をあげている。美女と野獣のような、豚に真珠のような真相がわかると、なんだがふっと可笑しくなって、かすかに温かいものがめぐった。
がしかし、この男、変には変なのである。
うちのテリトリーのきわのきわまで、ベランダの柵に蒲団や毛布を干すのである。
よほど家族が多くて干す蒲団が多いのではない限り、隣家とのきわには干さないものだろう。男のいない隙にちらりと覗くと、何もこっちに寄せて干さなくても柵の向こうには何も干していないのである。だから思うに、まあこれは単なる私の想像でしかないのだが、隣の男ヤモメは蒲団を干しながら、ちょろちょろとうちのベランダを覗いているのではないだろうか。そうは思いながら、わかっていながらも、つい癖で、高校生の娘のどうかと思うようなエロい紐パンや派手なブラジャーを男ヤモメ側に干してしまうのである。
それからこの男ヤモメ、夏場になると網戸にして夜遅くまでテレビをつけている。
風呂上がりにバスタオルを干しにベランダへ出たときに、男の部屋からバラエティ番組のような騒がしい人の声がするからわかるのだが、同時に呆れるほど大きいいびきも聞こえてくる。おそらくテレビの前でビールでも飲んでうたた寝でもしているのだろう。
やれやれと呆れてしまうが、でもその後にどういうわけか私は「網戸を開けっ放しで寝たら風邪引くだろうに」と思ってしまうのである。
別にいい人ぶっているわけではない。その証拠にテレビから聞こえてくる声が番組の声かエロビデオの女のあえぎ声かをまずよく聞いて確かめているのである。どうしても私の中では男ヤモメはどこかやましい存在でなくてはならぬものらしい。
それでも、やっぱり隣の男ヤモメは変わった奴で、出来れば廊下などで顔を合わせたくもないのだが、さっき書いたような感情はたしかにあって、それが同じ屋根の下に住む隣人への不思議な情のようなものなのかもしれないと、ふと思ったりするのである。
都会のマンション生活では近所付き合いもヘッタクレもないのだが、隣家との仕切り板の向こうにひとたび人のいる気配があれば、机でものを考えてても「何やってんだ?」と気をとられるし、ふだんは聞こえてこない誰かと話をしているような声がすれば思わず「珍しいな」と耳をそばだててしまうし、反対にカタリと音もしなくなれば「どうしたのだろう、まさか死んでないよなあ」と変な気になって、廊下を通る際には新聞受けを横目に見たりもする。
これからの季節は網戸になるので、ベランダに出ると男ヤモメの部屋からは独特な渋い加齢臭のような、いかにも男ヤモメらしい、女と住んだら間違いなく中和されて消えて行くであろう独身男のすえた匂いが流れてきて、一人の人間が生きて生活しているそのおかしみとあわれを他人の匂いの中にいやがおうにも感じてしまう。
会話もしないし、できればあんまり顔も合わせたくはないし、挨拶も面倒だったりもするのだが、それなりに隣がいることに、同じ屋根の下に一緒に住んでいるということに、都会人特有の、ないようであるような親近感と連帯感、捨てがたい不思議な安心感が確かにある。あの男ヤモメですら、引っ越したり、入院していなくなったりすれば、どことなく物足りない寂しい気がする。私はあの男ヤモメの隣人を通して、大げさかもしれないが、もしかしたら、人が生きていくということを再確認したり、生きて行くそのこと自体にしみじみと同情しているのかもしれない。自分のなかにそういう不思議な隣人への情のようなものがあるのをなぜか、可愛らしいと思うのである。
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by zuzumiya | 2010-08-21 18:18 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)