記憶のシャッフル再生

ときどき、ふっと、とんでもなく昔の記憶の断片が浮かんできて戸惑う。
それは不思議と特別なイベントや記念の日ではない。たとえば、昔しばらく住んだことのある場所の、西日のあたるスーパーの入り口で、夫とふたりこれから買い物に入って行こうとしている、そんな何ということもない瞬間だったりする。
二人が新婚でとか、私が妊婦でというような記憶に残りそうな特別な理由がくっついているわけでもない。ただただ普通の、ごくありきたりの、いつもの生活のワンシーンでしかない。現実の私はというと、机に向かって仕事をしている。そんなささいな記憶を思い出す(というかふいに湧いて出て来る)きっかけになるような匂いや光や音や、漠然と辺りの雰囲気や、そんな感覚的な刺激があったわけでもない。きわめて普通にしているだけ。ただ突然、記憶のシャッフル再生としか思えないことが起こる。
そうして出てきたとり立てて何でもない映像に不思議に心が奪われる。「そんな日があったなあ」と懐かしくなって、ささいな瞬間だけれど「もう二度とそこへは戻れないんだなあ」と思い、次の瞬間、胸の奥へきゅううとせつなさが差し込んでくる。
そして、こういうことが起きるとあまりに不思議なので、自分は実はもう長くないんじゃないかと思ったりする。もうすぐ死んでしまうから、とんでもない昔の何でもない瞬間の記憶がふいに湧いて来て、「ほら、お前の人生はこんなにもささいな瞬間の連なりだったけれど、今せつなくなるくらい、しあわせだったろう?」と神様が教えてくれているんじゃないかと勘ぐったりする。
そうして何となく思う。自分にはきっと「いつものようにじゃすまされない、世界が一変して見えてしまうような日」がいつかは来るんだろうな、と。悲観主義なわけじゃなくて、それが単に事実なんだろうな、と。人よりもずっと貧乏だし、いろいろ気に病むことも多いが、総じておだやかな毎日がおだやかに過ぎて行くけれど、でもそこには何の保証もなかったんだと気づく。
必ずその日は来るし、なんだかんだ言ってもそこへ向かってじりじりと押されるように生きて行くしかない。その日が来たら、もう今までのような「いつも」も「普通」も「平凡」もいっぺんに消え失せる。そうして、時間は秒針だけが音を立てて、今まで思ってもみなかったあらたな価値でカウントが始まるんだろう。
そう思うと、過ぎて行く今が、この時間が、家族といるこの何気ない暮らしのこのままが、見えているこの世界が、胸に抱えてる想いのすべてが、強烈に愛おしく「惜しい」と思えてくる。昔のようにささいなことでけんかをしたり、うだうだ迷ったり、意地を張って一人でいるような、そんなことをしている暇はもうないんだ、とはっきり思えてくる。死から逆算すれば、人生はいつでも「残された時間」だった。誰でも「残された時間」を握りしめて、そうとは知らずにうかうかと生きている。でも、何かでこの「残された時間」の感覚に気づいて、漠然と、でも無性に強烈に「惜しい」と思える瞬間、かつてない意味と深さで、しあわせが打ち寄せてくる。どういうわけか、ときどき起こる記憶のシャッフル再生は、そんなことを私に思わせる。



※「蛇のしどろもどろ」ではないこのブログに、こういうことを書くつもりはなかったのですが、情けないくらい、言葉にすると消えて行く部分があって、うまく書けなかったけれど、大切な何かにちょこっとでも触れられた気がして、載せておきたくなりました。とても400字にはまとめられませんでした。記憶のシャッフル再生があると、いつでも何とも言えない気持ちになります。懐かしさだけでは言いきれないような、せつないような哀しいような、でも穏やかなやさしい気持ちです。阿部昭さんが「人生の一日」と書いていますが、たぶん、シャッフルされて出てきた何でもない一日が彼のいう一日だったのかもしれないなあ、と今では思います。
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by zuzumiya | 2010-08-09 12:12 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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