『ほしいものはなんですか?』と訊かれたら

a0158124_20565295.jpgどうして女の人は知らず知らずのうちに張り合っちゃうのか。
どうしていつまでたっても隣の芝生は青いまんまなのか。
どうしてないものねだりをやめられないんだろうか。

40歳になった専業主婦ミナ子さんがほしいのは存在感。
ミナ子さんの夫の妹で、35歳の独身のタエちゃんがほしいのは保証。
益田ミリの『ほしいものはなんですか』に登場するこの二人の言い分には思い当たるものが多すぎて、結構ぐっとくる。
ミナ子さんの子供のリナちゃんの質問は小学生らしくどストレートで、訊かれると、うぐっと息をのむ。
リナちゃんを間に、どちらの気持ちもよくわかるんだけどなあ、と思うのである。
だから、サッとは感想が書けない。
いちいちト書きと台詞が残って、その余韻がすこうし重くて、なんだか考えてしまうのである。

「なりたいものになりたいわけでもないんだよ〜」(タエちゃん)
「『その人さえいればなんにもいらない』ってのは、な〜んか違うの。人生には『わたし』がいなくちゃ!」(タエちゃん)
「この先も『それなりに』を越えることがない。『それなりに』を越えたくない気持ち
自分を守ってばかりいるわたし、こんなだっけ?」(ミナ子さん)
「(若いことの値打ちが)たくさんはいらないんだと思う。だって必要ならもっと長くつづくようになってるはずでしょ。短くてちょうどいいってことよ」(タエちゃん)
「誰だって歳をとるけれど同じようにはとらないってとこに焦る要因があるのか?」
(ミナ子さん)
「家事に支障が出ない範囲、家族に迷惑がかからない範囲、どうしてわたしの世界にはこんなに約束があるんだろう?」(ミナ子さん)
「会社の同僚の子供がカゼをひいたので明日は彼女のぶんまでわたしががんばります。いいのです。困ったときはお互いさま。でも、でも圧倒的にわたしのほうが多い気がする、助ける回数。わたしには、なんの保証もないのに。夫も子供もある同僚のフォロー」
(タエちゃん)
「わたしは自分が薄まっていく気になるんだった。昔はもっと自分が濃かった気がするな〜」(ミナ子さん)
「わたしたちいつの間にか張り合わされてる。自分の持ちものを見せあったってしょうがないのに」(タエちゃん)

ミナ子さんは実はそんなに家計が困っているわけではないし、習い事のフラワーアレンジメントにだって行けている。家もあって旦那さんもいてかわいい子供にも恵まれている。それでもそんなぬるま湯から出て外へ働きに行かないと世界に取り残されてしまいそうだと漠然と思っている。タエちゃんは独身でマンションを買った。不況で会社がつぶれる心配を抱えながらも、休んでも代わりのきく裏方の事務の仕事をしている。
リナちゃんは考えることが好きな子で、そんな二人の女性を見て、いろいろと幸せやら将来やらを小学生なりに考えてみるのである。

私は44歳だが、ここまでくるのに、結構だめだだめだと深く落ち込んだり、隙さえあればすぐ情けなくなってひたすら自己嫌悪に突入してきた。諸事情があって具体的には書けないが、今もとんでもない問題を抱えているが、メソメソクヨクヨはしまいと思っている。「泣きっ面に蜂」の蜂はもう刺すところがないくらいである。
先日も道を歩いていて思ったのだけれど、道端に花は咲いていて、空で鳥は鳴き、風はそよいでいて、水はといえば用水路だけれども、せせらぎが心地よい。世界はあるがまま、何も変わっていないでいつもの様子でそこにある。見つめるこちらの気持ちひとつですべてが色あせたり、明るく輝きもして、幸せなどほんとうに心の持ちようそれだけなのだと実感した。そしてそれって、凄いことだなあ、と思うのである。
ただただ、受け入れられてるなあ、許されてるなあと思うのである。

よく言えば覚悟というか分別を見極めたというか、悪く言えば諦めや正当化とでもいうんだろうが、だんだん身のうちに出き上がってきた。
家族も自分も大事だが、そのバランスが自然に取れてきたのを感じている。
だから、焦ることはないのである。どうせ、と言うから諦めととられるのかもしれないが、人間は一生のうちにそんなに多くのことをできるわけではないんだ、と思う。
そして、未完成のわたしのまま、やり残したこともあるようなないような、それでも、もう、まあいいかな、ありがとうね、という具合で死んで行くのではないか、と現時点では予想する。
これということもないかもしれないが、こんなふうな人で、こんなふうに生きていけたらいいなあ、という細かな枝葉を取りさらった幹のような、エッセンスのようなものは、ほんとうはよく考えればみんなの心に既にあるように思う。小学生の時のような、「おともだちと仲良くしよう」とか、「元気にあいさつしよう」とか、だんだん生きる目標がそういうシンプルな目標になってきたような気がする。
そこだけしっかり抱きしめて、そこに照らし合わせて生きて行ければいいと私は思う。
なんだか、うまくは言えないが、みんなばらばらなようでも同じ道を歩いているように思う。自己肯定への道とでもいうのかなあ。とぼとぼと、歩いている。
たぶん、ミナ子さんもタエちゃんも素直に自分で自分を肯定したいんだろう。
いつまでも自分以外の誰かに「いいんだよ、きみはそれで」って言って認めてもらおうと、まるをもらおうと躍起になって探しているうちは、自分も他人も傷つけてしまうんだろう。

そう考えるとやっぱり、バカボンのパパの決まり文句「これでいいのだ」は実に凄いと思うのである。はやくパパの境地へ至りたいものである。
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by zuzumiya | 2010-06-01 21:00 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)
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