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ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


by zuzumiya
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前回の続きで連携の話

私は今、3歳児クラスに保育補助として入っているが、人手不足の影響で毎日1時間半も多く働いている。ただでさえ、3歳児は手がかかるというのに26名中、まず診断名がきちんとついている障がい児枠の子ども(自閉症スペクトラム、ADHD、知的障がい)が3名いる。しかもスペクトラムの子は言葉の通じない外国人である。発達相談、心理相談など公的な発達支援の定期的な見守り援助を受けて、さらに最近「アスペルガー傾向がある」や「ややポジティブなタイプのADHD」と言われた子が増えて(さらに今後も診断名がついていくことが予想される)、全体で配慮が必要な子がなんと7、8名はいるという問題の多いクラスなのだ。これだけのクラスを4月当初、園長は障がい児を持った経験のない担任2人でやるようにと命じた。「そんなのできっこない」と担任は大いに反発して、園も慌てて求人を出したが誰も来ない。私のような非常勤職員たちが時間数や日数を増やして(年間収入制限のある方もいる)、なんとか保育を回して日々凌いでいるのである。
本来、“加配”の役目でクラスに入るならば、対象児につきっきりなはずだが、人手がないから臨機応変に雑用もやるフリー的な動きもしなくてはならない。加配が純然たる加配として機能できていないのが現状だ。クラスリーダーは「保育の質を考えるなら、最低でも5人は保育士が欲しい」と園に訴えても何せ人が来ないという理由で対応できずに担任2名と非常勤2名しか入れてくれてはいない。
いちばん担任たちが困っているのはADHDの子どもがほとんど午睡をしてくれないことだ。本来なら午睡中にできる連絡帳や日誌など書類関係の仕事、行事などの係の仕事が全くできないで持ち帰るばかりだという。午睡の時間帯は私はいったん帰宅してしまうのでそこでもまた人手が足りなくなる。毎日、1時間半もかけて担任たちは交代で寝かせつけに奮闘するのだがうまく行かない。そのストレスたるやいかばかりだろう。
これだけの人数の障がい児がひとクラスに揃っていて、ひとりひとりに配慮の仕方、対応の仕方が違うのに、4月当初の担任たちは一斉保育の意識のままでスタートした。すなわち、マンツーマンの特別な配慮が必要にもかかわらず、いつもどおり「みんなと一緒に早く同じようにする」をクラスとして目指そうと躍起になった。座っていられないADHDの子どもに「今は絵本を見る時間でしょ」と教え諭して腕を引っ張った。クラス運営と同時進行で担任それぞれが障がい児保育の研修に行き、ADHDの障がいの特徴を学ぶにつれ、必要な遊具はすぐさま購入し、保育室の環境を整え、保護者とも話し合った。そしてそれでも保育士の人数が足りていないため、どうしようもないワサワサした雰囲気がなくなることはなく、「とりあえず怪我なく過ごせた」だけの毎日を「これでいいのだろうか」と不安とため息をつきながら送ってきたのだった。
初めに私が疑問を持ったのは、ADHDの子の食事対応についてだった。背後には障がいを認めたがらない保護者との思いの行き違いがあるのだが、「家ではたくさん食べています」と連絡帳にひと言書かれたことを皮肉に捉えた担任は、それならばと完食を目指した。泣いているのに「食べて」と強要して無理やり食べさせているのを横目に「私はあれはできないなぁ、したくないなぁ」と思ったが、立場上、口出しはできなかった。私は3食のうちの1食のことであんなに躍起になる必要はないと思うし、好き嫌いは成長するにつれだんだんと修復されていくものである。何より食事は頑張って食べるものではなく楽しんで食べるものだと思っている。4月である。健常児だって信頼関係も築けていないのに完食なんて無理なのに、集団のワサワサが嫌いなADHDの子が同じテーブルで落ち着いて食事なんぞできるわけがないのである。私が完食させられないのを甘やかしや力量不足ととったのか、食事見を交代した若い担任保育士がかなり厳しく食べさせたので、とりあえず完食はできるようにはなった。が、その頃からチックらしき瞬きが片目に出るようになった。それを保護者に指摘されてからは彼女の食事対応は少しずつゆるくはなっていった。
園庭での三輪車遊びもいきなり暴走しだして、他の保育士やよちよち歩きの乳児にまで突っ込むこともあるため、私が傍らについて園庭を小走りしながら、いざという時は三輪車を鷲掴みにして止めることが必要だった。時々は手が滑ったり、今一歩出遅れたりして三輪車を止められないことがあったが、「障がい児を園全体で見ていきましょう」と体裁のいい事を言ってはいるが、実際は「うちのクラスのかわいい子にぶつけて、あんた何すんの!」的な迷惑そうなまなざしを子ども共々浴びたりもした。「これが母親の気持ちか」と何度も思った。5月の強い日差しの中、汗をかいてここまで頑張っていても、遠くで見ていた若い担任から「先生がくっついて来るのを面白がっているフシがあるから、ちょっと待ってみましょう。私が引き継ぎます」なんて言われて、こちらは他児への事故防止に懸命に努めてきたのに感謝もされずに否定された気分だけが残った。結局、その担任が立って見守るだけでは衝突事故は防げず、園の会議では私が加配として見ていると発表されていたので、まるで私が子ども見を怠って衝突させたと他の職員に思われてやしないかと心配して「私はあの時、子ども見を交代していたんです!」と皆に言いたくてたまらない気持ちだった。以前にもブログで書いたが、そうやって頑張っているところを「交代します」「私がやってみてもいいですか」(一応、言葉遣いだけは丁寧)と来るので、何をやっても「あなたのやり方はダメです」と否定された気持ちになって、「どうせ私はダメですよ」と嫌な気分になってモチベーションが下がることが多かった。彼女は研修で学んだことも非常勤の私には何も教えようとしない、分かちあわない。クラスにこれだけ深く関わっているのにそういう差別的な態度をされると連携のれの字も浮かんでこなくなる。とにかく彼女の保育は支配的、威圧的、管理的で、「○○しないと××させないから」「赤ちゃんクラスに行かせるよ」と脅して、迷いなくチカラで子どもたちを押さえ込むことをずっとしてきたようで、そうやってできた統制を「見よ、この先生としての私の力量を!」と誇示してきた人だと思う。いつだったか、遅番時、床で寝転んで遊んでいた子どもに「○○くん、ここはおうちじゃないんだから起きて遊んで」と言葉がけしていたのを聞いたことがあるが、呆れた。「大人の都合で保育園に来ているのに、しかもこんなに長い時間過ごしているのに、ここは第2の家じゃないのか、保育所保育指針をもう一回読み直してこいよ」と言いたくなった。話は飛ぶが、以前の園では保育室のなかに必ず「リラックスコーナー」があり、クッションが置かれて子どもが自由に寝そべって休息できた。ほんとうに、園の考え方が違えばこんなにも子どもに負担が行くものなのかと驚きだった。
ようやくADHDという障がいの大変さが研修でもわかってきたのか、専門家に言われなければ私ごときいっかいの保育士が何を言ってもダメなのだが、体の内から湧き出てくる「動け!」という強い衝動は抑えることは薬以外難しく、言葉がけで教え諭して分かるものでもなく、衝動は運動という形で放出してやることしかできないとわかった。園庭が使えないならば、ホールをひたすらぐるぐると走り回らせることで、解消させる手を臨床心理士から教わった。集団のワサワサが嫌で机に上ってしまったり、他児の作ったブロックを踏んづけて壊して回ったり、他児を押したりし始めたら、「ああ、もう限界だ」となって、担任や非常勤が代わる代わる声かけしてホールに連れ出すようになった。そしてひたすら走らせる。さっき園庭であれほど三輪車を走らせてきた後でも、驚く程パワーが残っていて、足をもたつかすことなく走っている姿を見ると、ハンパない障がいの強さを思う。抱き上げると心臓は早鐘のごとく鳴っている。薬で抑えれば、知的な遅れも自閉もなく、母親の読み聞かせの努力の結果である絵本への興味やイメージ構築力もある。衝動さえ抑えられれば、「先生もお茶、飲みなさい」とコップを持ってきてくれる優しさだってもっと浮かび上がるだろう。私はそういう時、母親のやってきた孤独でひたすらな子育ての努力を垣間見た思いがする。お迎え時に会えば「お母さんのおかげですよ、ありがとうね」と言い添えている。
いつだったか、私がその子のホール番になったとき、たまたまその時は走ることよりそばにあった木製のジャングルジムに興味があって登っていたら、件の若い保育士が通りがかり「あれ?走るのとボールがお約束じゃなかったっけ?」と言ってきた。しかたなく「それもやっていたんですけど。でも、そうなんだ。じゃあ、下りようか」と促したところ、激しく泣いて嫌がった。事務所にクラスリーダーがいたので声をかけたら園長とともに来てくれた。リーダーは「臨床心理士に衝動を放出させるにはそれがいちばんいいと言われたんです」と私情をはさまず事実を述べた。「ジャングルジムがやりたいと言って泣いている子を引きずり下ろす必要があるか?」と内心思ったが、そこではまた非常勤の立場や私が直に臨床心理士に質問したわけでもなく、そのニュアンスを聞いていないということで反論を言い控えた。しかし、やりたい遊びも自由に選べない(そんなこと前園ではありえない!)目の前の子が可哀想で、そんなことだからこの子は一日何度も「あれはダメ、これはダメ」で規制され、泣いてばかりいるんだと腹が立った。
その夜だったか、やはりどうにも気持ちが収まらず、クラスリーダーに「ホールに出てしまっている段階でもはや3歳児の躾云々の保育から少し離れて、障がい児の保育として捉えるべきでないか」とメールした。すると、私の話を分かってくれて、あの場合はジャングルジムで遊ばせてあげればよかったと書いてきてくれた。クラスリーダーはこの園の支配、管理の保育に傾きがちで、非常勤を下に見る風土を異動してきた当初からおかしいと思っていたとのことで、園長に再三、人数の補充を訴え、保育の質というものにとても気を配る人で、園の中では私が唯一尊敬でき、何でも相談できる先輩なのだ。その先輩も相方の保育の強引さにはびっくりしていて、早く自分で気づいて直してくれることを願っていると書いてきた。連携の悪さは正職と非常勤だけでなく担任同士も感じているようである。もっと言えば、他クラス、他職員の目もある。園始まって以来の障がい児の多さで理解しがたいのかもしれないが、「ひとクラスに大人が5人はさすがに多いでしょ」「5人もいたことがない」「いらないでしょ、4人で何とかならないの?」との声も実際聞こえてくる。あまりに腹立たしいのでクラスリーダーに言いつけてやった。リーダー曰く、「そんなこと言うなら一週間やってみろ!!」と怒っていた。
3歳児という難しいクラスにしかも複数の障がいを持った子どもが重なって入ってきて、関わる保育士の人数が圧倒的に少ない。外国人の自閉症スペクトラム児はほとんど食事と排泄しか関わりを持てずに自閉をいいことに放って置かれている。知的障がい児は知能が1歳程度で言葉もまともに話せないのに、一斉保育の波に引き込まれて暑い園庭にいつでも駆り出されている。動きの大きいADHD児ばかりに気が行き、今では統合保育とは名ばかりで、保育室とホールの別々の保育となっている時間の方が圧倒的に多い。
ただ、考えようによってはいいこともあった。こんなにも支配的、規制的でしつけを重視する一斉保育の園がバラエティ豊かな障がい児の登場によって、ようやく「ひとりひとりを見つめる保育」に切り替わろうとしている。軍隊じゃないんだから「みんなと一緒に早く同じようにする」保育に私はあまり意味を見いだせない。今はてんやわんやしているが、これからは園長が非常勤の私も含めて保育についての話し合いの時間を儲けようとしているらしい。みんなが一緒の同じ関わりをもつことが子どもを混乱させなくて大事だという。実は非常勤だってすべての人が保育に並々ならぬ熱意を持って働いている、というわけではない。障がい児に直接かかわらない人は同じ園の中にいても口では「大変ねえ」と言ってはくれるが、実は本音は「担当じゃなくて助かった」なのだろう。園全体で温かく見守るを実現するためには、立場を越えて何度も何度も話し合いが必要で、そのためには少しぐらい自分の時間は割いてもいいと思える同じ園の職員としての同僚意識、愛社精神のようなものがないとだめだ。障がい児が我が園に持ってきてくれた課題はほんとうに見過ごしてきた大事なことばかりなのである。


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# by zuzumiya | 2017-07-23 00:47 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
ついに先日、園長から呼び止められ「やっぱり○○先生(私のこと)は園の保育観とは違いますかねぇ」と訊かれた。実はそれより前にあった法人の研修の分科会で「職員同士の連携の難しさ」について司会者から意見を求められ、非常勤の立場はいつも正職の顔色を伺い「これをしてもいいのか悪いのか」と迷うことが多く、中途半端な保育をしているというようなことを発言してしまったのだった。おそらくはその時のアドバイザーである同じ法人内の他園の園長から、あるいは司会者であったうちの園の先輩保育士から、園長に何か連携のまずさを指摘されたのではないかと思う。
以前、園でこんなことがあった。砂場で正職の保育士が子どもたちと山を作って遊んでいた。水道から水を何度も持ってきては流し入れて川や湖を作って遊ぶ姿に「へぇ、こんなことしていいんだ」と驚いた。同時に「正職だからできることよね」とも思った。
以前勤めていた、ベルギーの保育を目指している自由保育の園ではどろんこ遊びもパンパなく凄かった。砂場から水が溢れ出るんじゃないかというくらい子どもたちが何度も水を入れてきて、それを保育士は「もったいない」とか「もういいんじゃないの?」とかいっさい口出しはせずに子どもたちが満足するまでやらせることを見守るというスタンスの保育であった。研修で見ているこちらが「水道代、大丈夫なんだろうか」と心配するくらいだった。
そんな園だから「子どもの遊びの保障をする」は徹底していた。3歳児以降の幼児クラスは異年齢保育だが、“カプラ”と呼ばれる薄い木片の積み木を子どもたちが大量に使って道路が張り巡らされた一大都市を作る。その中には動物園やら遊園地までもがある。クリスマスの時期にはクラスの入口付近に巨大なクリスマスツリーが出来ていたりする。驚くのは午睡の時間になっても保育士はその巨大な作品を子どもたちに片付けさせないこと。街の上に各自が壊さないように工夫してコット(担架のようなネットでできた一人用の寝床)を引き詰めて寝る。子どもが午睡後に遊びの続きをやりたいという気持ちを大事に汲むのである。これもひとつの遊びの保障だろう。
乳児のクラスでは、特に0、1歳児なんかはわざわざ主任から「片付けより遊びを重視するように」と言われる。片付けをやんわり促す「おかたづけ~」なんていう歌はもってのほか。保育士が床に散らばった遊具の散らかり具合を見て、遊びが本当に終わったかどうか見極めて危険がないよう少しずつ片付けていく。このように以前の園では食事・排泄・睡眠以外は子どもは常に遊んでいるものと考え、保育士は子どもの自発的主体的な行為である遊びが単に楽しみだけでなく発達も促すことから、それを保障し、最重要視することを保育士に徹底的に教え込む。
ところが今の園は昔ながらの一斉保育でしかもしつけ優先の園である。ひとつの玩具で遊び終わったら新しい玩具をだす前にまず片付けさせようとする。ブロックがままごとの鍋に入って料理されているのも“見立て”とは解釈せずに「ブロックはブロックのコーナーで遊びなさい」となる。20年選手のパートの職員が「もう、こんなに散らかして」とブツブツ小言を言いながら遊具を拾い歩いている。ブロックならブロックだけしか出さない。しかも人数に対してかなり量が少ない。遊びの広がりようがない。無駄な喧嘩が増える。子どもの遊びがどう展開して、遊んでいないようでも実はまたもとの遊びに戻ってくる可能性もあることも知らないのか、古臭いしつけ感覚でしか子どもの遊びが見られない。しつけ意識が強いのでしつけの観点からでしか言葉がけができない。遊びを「散らかす」と捉えるなんて以前の園ではクビだ。20年も勤めていられないだろう。一斉保育でしつけ意識が強いとなったら、そこはもう保育士が怖い顔して怒鳴って押さえつけている「管理・支配の締め付け園」ということになる。今の園はとにかく清潔意識も遊びへの意識も私が保育士の免許を取った19年前から何にも変わっていない。よくもまあ、長きにわたって世の中の流れや保育界の変遷にも耳をかさず目を閉じて、自分たちだけを信じてやってきたものだ。
話がずいぶん逸れてしまったが、どろんこ遊びの話に戻る。その後、もうひとり、正職の保育士が砂場で派手にどろんこ遊びをやっていた。だからどろんこ遊びが2回続いていての話なのだ。私が砂場で子どもたちと山を作っていたら、先日の楽しかったどろんこ遊びを覚えていた子どもが「先生、お水入れていい?」と訊いてきた。「やばっ」と内心思った。
自分が非常勤という立場のことだけじゃなく、前日の朝の集会で「お水は大事に」「プールの神様に怒られてプールに入れなくなっちゃうよ」なんて話を聞いていたからだ。それでも先日2回も正職が砂場に水を入れていたので、やって悪いはずはないと判断して「お水持ってきていいよ」とOKを出したら、そこへ5歳児の担任が現れて「アレ?お水やっていいんだっけ?お水大事に使わないとって昨日お話してたでしょ」となった。私はしぶしぶ立って事情を説明し、先日の先生方がどろんこ遊びをやっていた件を話した。「毎日毎日、どろんこで汚れてたらお母さん方も大変でしょうから」とかなんとか言いつつ苦笑いして許可してくれた(許可せざるをえないだろう)。「大人側の事情を出してくるなんて、やり方ひとつでどうにでもなるのに」とは思ったが反論せずに、許可されたことで一度だけ水を流し入れてもいいことにした。でも、実に中途半端な保育、遊びになってしまった。なんとなくその先生も話の矛盾には気がついていて、どろんこ遊びひとつとっても正職同士でも意見のくい違いがあるようで、何年も同じ職場にいて仲良く見えても、意思疎通、連携というのは本当に難しいことなんだと思った。
もう、遊びと発達の関係については本当に今の園の先生方は分かっていなくて、0歳児が遊具の入ったダンボール箱に片足を入れて跨ごうとしていると「ダメでしょ、ここは入るところじゃありません、これはおもちゃのおうち」なんて言ってやめさせる。3度も引き戻されて子どもは泣いて怒っている。私は内心「入りたいんだよね。今は跨ぐことで自分で体のバランス感覚や体幹を鍛えているのにね」と思って見ている。かわいそうな話だ。遊びと発達の知識のある園ではダンボールに布地を貼った“押し箱”なる遊具がクラスのそこらにいくつもあって、子どもたちはいつでも好きな時にそれに跨り、中に入って独り占めした空間に満足げな顔して座っている。時には仲良しの友だちが箱を押してくれて、自らの足腰を鍛えているとも知らずに楽しく遊び、時には集団の中で貴重なひとりの休息時間が過ごせる居場所にもなっている。そういう効果のあるダンボール箱なのに、今の園の先生方は作ろうともしないし、非常勤に頼んで作らせもしない。「ここならいいよ」という代替物も与えない。その子にとっての自発的な遊びのやる気と発達をうながせる貴重な瞬間を「遊具箱に入ってはいけません」というしつけ感覚で取り逃がしてしまっている。そのことに気づかない。そういう遊びや発達の研修も勉強もしてないから無理もない。
こういう遊びに対する見方はやっぱり園の保育との違いをどうしたって際立たせてしまう。いちいち引っかかる。2歳児に「クラスの中を走ったらダメ」と言うならば、ホールをテラスをどこか安全な場所を走らせるしかないではないか。だって、彼らは今、発達的には走りたいさかりなのだ。たくさん走って走って自分の力を確かめたいのだ。ひとしきり走れば満足してまた座っておとなしく遊ぶことができる。それは保育の静と動のリズムといわれるもので基本中の基本のはずだ。「ダメ、ダメ」とさんざん言っておいて、それなら他の遊びにうまく誘うかといえば注意だけで終わってしまう。そんな保育を目の当たりにすると本当にげんなりする。そういう日々の保育の小さな不満がやっぱり園への不信に繋がっていっていることはよく分かっている。だからこそ、非常勤で7時間しか働かないで、なるべく「見ザル聞カザル」でのんびり長く勤めようと思っていたのだった。それが人手が足りず、8.5時間も働いている。日々の保育に深く関わりあうことになってしまった。
長くなってしまった。真夜中の更新でうまく頭が働かず、連携の話からずれて遊びの話になったが、次回はズバリ連携の話を書くつもりだ。つづく。




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# by zuzumiya | 2017-07-22 01:34 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
以前に男性トイレの個室が空いてない話を書いた。大はもちろん、小の方も個室でする男性が増えているという予想だった。それに似た話で、保育園のトイレ事情を紹介する。男の子も三歳児となればパンツを下ろして立ってオシッコできる。オシッコしたら、下腹の辺りをポンポンと叩いて尿切りをする(園ではそう教えている)。立ってできない子は女の子と同様、個室へ入って便器に座ってする。ところが最近多いのが、オシッコが終わると男の子でもペーパーでちんちんの先のオシッコを丁寧に拭き取ろうとするのだ。保育園ではこの場合も二歳の頃から「お腹ポンポン」で尿切りを教えてきたから、これは母親が家ではそのように拭くことを教えているとしか考えられない。もしかしたら、このまま園が見過ごしていたら、将来この子たちは個室を選んで入り、几帳面にせっせとちんちんを拭いているのではないかと想像してしまう。そんでもって今、個室を好んで入っている若者はみんなそうしているのかもしれないとさえ思えてくる。
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# by zuzumiya | 2017-07-20 00:40 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

久しぶりの更新です。

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結局、自主研修には行きました。本当はその日は職場の同僚と上野の美術館の予定だったのだが、我儘を言って研修にも一緒に参加してもらいました。しかも、時間が押して上野に行っても絵は見れずに終わるという身勝手さ。ごめんね。今度、かき氷でも奢らせてね。今年はかき氷を食べ歩きたいな。
毎年夏になると「今年の夏の一枚」いう感じで「雨と休日」さんからCDを買います。今年はボサノバの上品な室内楽バージョンで「Chamber Bossa」です。私は昼間に流す音楽をあんまり持っていないので(夜に合うものばかり)、夏の休日、クーラーの効いた部屋でのんびり読書でもしながら流しておける音楽ということで、やっぱりボーカルのないものを選んで買いました。あとはクラシックでフォーレの「舟唄」や「バロック ラルゴ名曲集」を買う予定です。こちらは昼夜どちらでもOKな感じのゆるやかな音楽。興味のある方は「雨と休日」さんのオンラインショップを覗いてみてください。
さて、我が家の猫たち。クーラーや扇風機の風の当たるところへはチビが喜んで寝そべるけれど、ももは巣箱の中に逃げちゃう。猫にも暑がり、寒がりがあるみたいです。
猫たちの可愛いところは、私がベッドに横になると集まってくるのですが、ももは私が眠るまで必ず枕元に寄り添ってくれること。朝気づくといなくなっています。優しい猫です。
窓辺に置いておいた赤いシェードのスタンドライトが壊れてしまいました。雰囲気があってお気に入りだったのに残念です。この際、夏らしくブルーのモザイクライトでも買おうかなと迷ってます。
8月のお盆に1週間のお休みを頂きました。今年は少しぐらいはアウトドアしなきゃと思っています。


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# by zuzumiya | 2017-07-15 11:17 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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Bill Brovold&Jamie Saftの『Serenity Knolls』という二人のギタリストの競演アルバムが最高カッコいい&心地よい。エレクトリックギター、ドブロギター、スティールギターで醸し出す“ゆらめきとたゆたい”の音色。くぅーんと脳みそが引っ張られる。私が出会った過去最高のギターアルバム。バーボンの酒臭い髭面男とやわらかいベッドでゆっくりとキスを交わすような感じ。




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# by zuzumiya | 2017-06-28 22:08 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)
生きていると悩みは尽きない。考え事をしていて、ついブレーキから足が浮くのもさもありなんと思うので私は車の運転を諦めた。
正職員を辞めて非常勤のパートとしてゆるやかに、あんまり頑張りすぎないで保育に関わって行けばいいやと思って今の園に決めた。家から近いし、時間のわりにお金がいい。保育の考え方、その実践のしかたの合う合わないなんかは本当は働くうえでとても大事なことなんだが、パートだし、時間が短いし、で深く追求しないでいくつもりだった。でも、もう2年目にして週5日、1日8.5時間も働き、しかもよりによって障がい児を何人も抱える難しい3歳児クラスにいて、いろいろ考えるなっていう方が無理になってきた。パートだから、正職員からの指示に従って動けばいいんだというのは雑用の時だけである。子どもと接する際はもちろんすべてが保育だ。子どもにとってはパートも正職員も役割分担もない。目の前のこの私という大人から学んで行く。子どもたちのためにこれでいいのかな、どうしたらいいんだろう、と保育について考え悩むことは正直尽きない。疑問や不満の投げかけを職場の人間と共有したい。一緒に建設的に解決していきたい。休日にもかかわらず、録画した教育テレビや専門書や保育士のサイトを覗いてどうすべきかをひとり考え込んでいる。一日の何時間も費やす仕事に対して目を逸らさずマジメに向き合えば、日々はきっともっと変わっていく。楽しく面白く、納得と信念をもって仕事したい。そういうところで爽やかに疲れたい。
今度の週末に開かれる保育の研修会を見つけた。“支配や管理でない保育”という言葉にとても共感する。“保育士おとーちゃん”こと須賀義一さんのセミナーだ。ブログを読んで素直に行きたいと思った。しかし「行ったところでどうなる?」ともう一人の私が待ったをかける。長いことかけて出来上がった園の風土は一人の熱血漢が騒いだところで変わらない。保育士ボヘミアン。自分の思いと合う園を探して歩くにはもう年を取りすぎた。給料に見合わない正職員の仕事量の多さも分かっている。でも今のままじゃ何もかも中途半端な気がする。意識すら高めるのにもこんなふうに迷うなんて情けない。

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# by zuzumiya | 2017-06-25 07:05 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ついに達成!

ミニボーナスが入って最後のペンダントライトを購入して、ついに部屋の模様替えが完了した。購入したもの、本棚&CD棚、デスク&チェアー、読書用フロアスタンド、読書用一人掛けチェアー、チェスト、ラグマット、ベッドカバー、ペンダントライト。50代の今の自分に似合った黒茶紺白でまとめた落ち着いた雰囲気の部屋になったと思う。あとは本とCDをチマチマと買い足していこう。いい部屋だ。頑張って働いてよかった。
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# by zuzumiya | 2017-06-23 23:59 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

褒めて伸ばす

「プレバト」なるテレビ番組で、一芸に(いや二芸にも三芸にも)秀でた芸能人がさらに俳句や華道、書道、水彩画なんかに挑戦して、才能のあるなしを競い合っては一喜一憂している。面白いのは俳句の時の渡辺えりさん。脚本だってエッセイの類だって書くような文才のある彼女が俳句では手も足も出ない。「才能なし」に選ばれた時のあの恥入りながらも本気で不服そうな顔。番組的には大いに盛り上がるが、結構本人はへこんでいるんじゃないかと思わせる。芸能人たちのそんな姿を見るたびに、私なんかは「一芸に秀でているんだから欲張るなよ、もういいじゃん」と言いたくなる。芸の世界にいるからこそ「才能」という言葉にあれほど敏感に貪欲になるんだろう。
「Aスタ」でもエレカシの宮本さんがロッキング・オンの山崎さんにデモテープを聞かせに持っては来たけどなかなか渡せないというエピソードを知り、作り手の持つ繊細で奥深い逡巡を感じた。その逡巡の機微を分かってあげられないとあの女性DJとの一件になるんだろう。
夫がどういうわけか突然、漢字検定の試験を受け始めた。「何で漢字検定なの?」と訊いてみても「漢字に強くなりたいから」としか答えない。何かに夢中になり、努力してそれが結果としてちゃんと認められる、そういう経験が欲しかったのかなと私は勝手に解釈している。学生時代、国語の成績が良く、クイズ番組でも漢字問題での正解率が高くて、家族から一目置かれていたゆえの漢字検定でもある。でもね、ほんとに大事なのは漢字検定は代償行為なんだろうなということで、彼にとってはたとえ一級に受かったとしても満たされない何かが残りそうな気がする。たまに次々に資格試験を受けて資格に拘る人がいるが、そういうことなんじゃないか。身近な誰かに口先だけでなく心から認められること、そういう自信がなくて欲しいこと、心はそっちを求めているんじゃないかな。
保育をしていても、遊びの中でたくさんの子どもたちから口々に「せんせい、見て」と言われる。目は二つしかないのにあっちもこっちもなので本当に大変だが、急がずひとりひとり、ひとつひとつ着実に具体的に褒めていく。私は子どもたちには人気がある方だと思っているが、それはユーモアがあって面白いのといつもどこかを褒めてくれる(洋服であっても褒める)からだと思っている。こんなに小さいのに褒められたくてうずうずしていて、褒めてくれる人を心から求めていて、みんな自分の存在を認めてもらいたいのだ。そのために懸命に頑張っている。そんなふうな心の帰着をしながら、テレビを見たり、生きている。





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# by zuzumiya | 2017-06-18 09:04 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
読書をしている私の背後で息子が「行ってきます」という。彼女の家まで毎度のことながら車で行くのだ。この「行ってきます」のきますの部分のかすれ声の感じが今日はなんだかやけに耳に残る。嫌な予感があるわけじゃないが、これも先日、息子の彼女を送って車で千葉まで家族で行った経験があるからこそなのだろう。あの遠さを思えば、無事に行って帰って来いよ、の切実さが違う。知るってことを端折っちゃいけない。
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# by zuzumiya | 2017-06-17 09:55 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
今日みたいに夜中の2時半に何故か目覚めてしまって、トイレに行ったら眠気が飛んでしまった夜はいろいろと考えてしまう。例えば、母とのこと。
母は今、ようやくひとり暮らしをしている。9つも下の最後の夫は、長年の浮気相手と寿司屋でデート中にくも膜下で倒れた。車椅子生活の後、ガンを発病して死んだ。その後、やっぱり年下の面倒見のいいボーイフレンドと同棲したが、浮気され、その浮気相手が自殺未遂を起こしたため別れた。「もう男はこりごり」と言って、私たち子どもに財産分けを始めて家や車を買ってくれた。そうして私は母のいるマンションから出た。
夫との離婚が頭を掠めるたび、母のことを思う。小さい頃、あれだけ一緒に暮らしたかった母が今ひとりなのだから、元気なうちに一緒に暮らして互いの人生の中に失われた親子の時間を取り戻そうなんて思ったりする。そうやってなんとか最後に納得のいく母とのいい思い出を作ろうとしている。でも、じゃあ、どうするかと考えればいつだって堂々巡りだ。母にはお気に入りの自分のマンションの部屋と5匹の猫との生活があり、引退したくない仕事があり、私にも食べていくための仕事があり、好みに作り上げたばかりの部屋がある。「私は本当はマンションより一軒家が好きなの。庭で家庭菜園なんかやりたいの」と言いつつも、私がたとえ夫と別れても母は住み慣れたマンションを出てこの家には来ない気がする。理想は今のこの家を建て替えて二世帯住宅にすることだが、大金を使った母はもうそこまで大掛かりなことはしたがらないだろう。私がこの家を出て、母の持つマンションの5階に住むのがいちばん実現可能な話なのだが、それでも所詮10階と5階の離れ離れだ。9階に住んでいた昔と変わらない。しかも5階の内装のラブホテルのようなオレンジ色の壁と鏡ばりだけは勘弁してほしい。それなら、週末ごとに私が母の部屋に泊まりに行く手もあるが、正直、5匹の猫がうざったいのと貴重な週末が削られて休んだ気がしない、疲れがとれない。日曜だけが休みの母もきっと同じだろう。と考えていくと、笑ってしまう。なあんだ、結局私は、たぶん母も、このまま離れて暮らすのがいちばん都合がいいのかと。いつの間にか私もそんな風に親離れしていたんだな、と。そうして一周ぐるりと回って、つくづく私たち親子は縁薄いんだな、と認めざるをえないのである。同じような話が私と娘にもある。中学や高校から家を出たり入ったりの娘との親子の時間はあまりにもなかった。今も彼氏と同棲していて、このままなら数年後には結婚するだろう。母娘のかような因縁が続くなら、娘には是非男の子を産んでもらいたいと思う。
生きているのになぜだか一緒に住めず、離れ離れの方が互いにうまく行くなんて、持てる時間は有限なのにどうにもならないなんて、なんともせつない話だなぁと思う。生きているのに一緒にいられないことは、実は死んじゃっているのとあんまり変わりないなと思う。生きていればいつでも会えるさ、というのは違う。いろんな口実を作って先送りにして、つまりは互いに会いたくないんだろう。会わなくても別にいいや程度なのだ。それって、死んじゃった人を時々ふと思い出すみたいな薄さだ。凄いよな、生きているのに互いの頭の中ではもう死んじゃった人と同じレベルに落ちているなんて。喧嘩しいしいでも面倒くさくても一緒に住むっていうことの大事さを思う。


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# by zuzumiya | 2017-06-17 08:53 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)